『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第50回 正修止観章⑩

[3]「2. 広く解す」⑧

(7)灌頂による十六の問答③

⑪第十一の問答:五陰の外に五陰を観察するものがあるのか

 五陰がみな対象界であれば、色心(五陰のこと)のほかに別に観察の主体があるのかという質問が立てられる。
 これに対して、不思議の境智(不思議の対象界と観察する智慧)の立場では、五陰そのままが観察の対象界でもあり、観察の主体でもあると答えている。さらに、次のように区別する場合もあると答えている。不善(悪のこと)の五陰と無記の五陰は対象であり、善の五陰は観察の主体であること、観察の主体の善の五陰(悪の五陰も善の五陰も五停心・別相念処・総相念処の三賢=外凡の位)が方便の五陰(煖・頂・忍・世第一法の四善根=内凡の位)に転換し、方便の五陰が無漏の五陰(究極的には阿羅漢を指す)に転換し、無漏の五陰が法性の五陰(方便有余土における五陰)に転換する。法性の五陰とは、無等等(等しいものがないほど優れているの意)の五陰ともいわれる。このように対象界である五陰のほかに別に観察の主体としての五陰があることになる。これらの説明は小乗についていったものであり、まして不思議の立場ではなおさら観察の主体としての五陰があるといわれる。 続きを読む

再発防止へ合意形成を図れ――野党の見識が問われている

ライター
松田 明

「公明提言なくして作成できなかった」

 政治資金規正法改正案をめぐり、国会では自民党案や立憲民主党案、日本維新の会案なども出揃って与野党の論戦が続いている。
 周知のように、これは自民党内での政治資金収支報告書不記載など〝裏金作り〟と見られても仕方のない問題に端を発したもの。国民の政治不信はピークに達しており、いつまでも繰り返される「政治とカネ」の不祥事を断ち切ることが、政治の最大の責任である。
 先の自民党・公明党による与党協議で、公明党は「再発防止」に重点を置き、議員に「確認書」を提出させて、会計責任者の報告に違法性のある瑕疵があれば議員も公民権停止などを負う「連座制」の導入を主張。自民党を説得した結果、今回の自民党案にも盛り込まれることになった。
 当初、自民党総裁でもある岸田首相は連座制導入に消極的な姿勢を示したものの、2月下旬には公明党案について「事案の対応に応じた責任追及が可能となり、参考になる」と表明。
 5月23日の衆議院政治改革特別委員会では、自民党の法案提出者である小倉将信氏が、自民党案の「連座制」は公明党案を踏襲したものであることを明言した。 続きを読む

書評『デューイが見た大正期の中国と日本』―時代を見通す哲学者の透徹した視点

ライター
小林芳雄

日本の軍国主義に警鐘を鳴らす

 ジョン・デューイは20世紀前半のアメリカを代表する哲学者ある。また日本とは深いつながりがあり、第二次世界大戦後に制定された日本国憲法の不戦条項や民主主義化には彼の考え方が強く反映されている。いわば日本で生まれ育ったすべての人が関わりを持つ人物でもある。
 本書は、日本と中国を旅行したデューイとその妻アリス・チップマンが米国にいる子供たちへ書き送った手紙をまとめたものだ。1919年1月から6月まで、日本発27通、中国発37通が収録されている。デューイの著作は難解で読みにくいといわれているが、本書は両国を訪問した際の印象が率直に綴られていて、とても読みやすい。これまで彼の著作を読んで挫折した人こそ、ぜひ手に取ってほしいと思う。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第49回 正修止観章⑨

[3]「2. 広く解す」⑦

(7)灌頂による十六の問答②

⑦第七の問答:対象界の個別性について

 対象界の個別性について質問が立てられる。これに対して、十種の対象界がたがいに同じでないことが個別性の意味であると答えている。さらに、共通でもあり個別的でもあること(亦た通にして亦た別なり)を取りあげ、五陰がそれに当てはまることを示している。五陰は、第一に輪廻転生して身体を受ける場合の根本であり、第二に観察する最初の対象界である。この二義によって、五陰は他の九種の対象界と相違するので「亦別(やくべつ)」(亦た別なり)といわれる。また、五陰は他の九種の対象界と共通する面もあるので「亦通(やくつう)」(亦た通なり)ともいわれる。
 これに対して、他の九種の対象界は、他と異なった特徴を生ずることから名づけられていて、ただ共通である(是れ通なり)か、個別的である(是れ別なり)かのどちらかだけであって、共通でもあり個別的でもあるということはないと述べている。必ずしも明瞭な説明ではないと思われるが、五陰の持つ二義が他の九種の対象界と区別されることを重視していることは間違いない。 続きを読む

本の楽園 第186回 半病人の時代

作家
村上政彦

 何かをしようとしても、なんか怠い、気分が乗らない――かといって、重い病をわずらっているわけでもない。いま、そんな人は多いのではないだろうか。
 僕は小説を書くことでたつきを得ている。ベストセラー作家ではないので、小説だけで暮らしは立たない。小説を書く営みを核にして、その周りに広がる細々した仕事をするのだ。このコラムも、そのうちのひとつだ。
 文章を書くのは、楽しい、とはいえない。どちらかといえば、苦行寄りである。いつも仕事をするときには、新聞を読んだり、日記を書いたり、なんらかの準備運動をして、弾みをつけないと、とりかかれない。
 しかし〆切があって、急いでいるときは、まず、仕事部屋へ重い足を運ぶ。気合を入れて、机の前に坐る。覚悟を決めて、パソコンの電源をオンにする。そして、えいやーっと一行目を書く。すると、だんだんエンジンが回転を始める。
 仕事って、たいていそんなものでしょう?
 でも、それができなくなった物書きは、干上がってしまう。『元気じゃないけど、悪くない』の著者は、そうなってしまった。 続きを読む