書評『希望の源泉 池田思想⑦』――「政教分離」への誤解を正す好著

ライター
本房 歩

国家指導者を「悪魔化」する危険

 作家であり日本基督教団に属するプロテスタント信徒である著者が、池田大作・創価学会第3代会長の主著の1つ『法華経の智慧』を読み解くシリーズ。月刊誌『第三文明』に連載中のものを単行本化した第7巻目となる。
 内容的には『法華経の智慧』の「如来神力品」後半部分にあたるのだが、とりわけ本書に収録された連載期間(2022年8月号~2023年7月号、2024年2月号・3月号)にはいくつもの重要な出来事があった。
 まず、新型コロナウイルスによるパンデミックが終息していない時期であり(WHOによる終息宣言は2023年5月5日)、ロシアによるウクライナ侵攻が2022年2月に始まって、まだ半年という時期であった。
 周知のように著者は元・外務省主任分析官であり、在職中はモスクワの日本大使館にも勤務していた。旧ソ連崩壊直前にゴルバチョフ大統領(当時)がクーデター派によって誘拐監禁された際、その生存情報を西側世界で最初にキャッチして東京に伝えたのが著者だった。 続きを読む

自公連立25年の節目――「政治改革」もたらした公明党

ライター
松田 明

政権与党になることのリスク

 1999年10月に小渕第2次改造内閣が発足し、自民党・自由党(当時)・公明党の3党連立政権がスタートして、この10月5日で25年を迎えた。
 この間、3年3カ月間の民主党政権時代を除き、公明党は連立政権の一翼を担い続けてきた。日本の政治史を振り返っても、とりわけ公明党のような小さな所帯の政党が20年以上も安定して政権に就いてきたことは前例がない。
 たとえば1955年から39年間も野党第一党の座にあり、ピーク時は衆参で200人を超す大所帯を抱えていた日本社会党でさえ、1994年に連立政権入りすると、首相まで出しながらわずか1年半で政権は崩壊。日本社会党も解党した。
 その後継政党である社民党は、今では衆参合わせても国会議員が3人しかいない。2000年代に勢いを増し、史上最多の308議席を獲得して誕生した民主党政権も、わずか3年余で失敗に終わり、その後はバラバラに解党した。
 野党の立場で政権批判しているうちは楽でも、いざ政権運営に加われば、バラ色の理想論ばかりでは許されなくなる。国際情勢、同盟関係や他党との合意形成のなかで、必ずしも支持者が歓迎しない選択にも迫られるし、国民に負担をお願いする場面も出てくる。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第62回 正修止観章㉒

[3]「2. 広く解す」⑳

(9)十乗観法を明かす⑨

 ③不可思議境とは何か(7)

(5)一念三千②

 さらに、一念心(一瞬の心)と一切法の関係を、「生」、「含」という用語で捉えることについて、次のように説明している。

 今の心も亦た是の如し。若し一心従り一切の法を生ぜば、此れは即ち是れ縦なり。若し心は一時に一切の法を含まば、此れは即ち是れ横なり。縦も亦た不可なり、横も亦た不可なり。秖だ心は是れ一切の法、一切の法は是れ心なり。故に縦に非ず、横に非ず、一に非ず、異に非ず、玄妙深絶(げんみょうじんぜつ)にして、識の識る所に非ず、言(ごん)の言う所に非ず。所以に称して不可思議境と為す。意は此に在り、云云。(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅱ)、576頁)

と。ここでは、一心から一切法を生ずる場合を縦とし、心が同時に一切法を含む場合を横とし、そのうえで、縦も横も否定している。そして、心は一切法であり、一切法は心であると述べ、一心と一切法との関係は縦でもなく横でもなく、同一でもなく相違するのでもないとしている。これを奥深く微妙で、極めて深遠であり、心で認識できるものでもなく、言葉で表現できるものでもないと述べ、それを不可思議境と呼んでいる。 続きを読む

芥川賞を読む 第43回 『乳と卵』川上未映子

文筆家
水上修一

饒舌な口語体で描いた人物描写が鮮やか

川上未映子(かわかみ・みえこ)著/第138回芥川賞受賞作(2007年下半期)

登場人物の鮮やかな描写が読者を引き込む

「乳と卵」で芥川賞を受賞した川上未映子は、その後もさまざまな文学賞を受賞。2024年上半期の芥川賞からは、選考委員も務めており、作家デビュー前の2004年には、歌手としてアルバムも発表もしている。
「乳と卵」は、そのタイトルから想像されるように〝女性性〟をひとつの題材としている。
 主な登場人物は3人。東京で一人暮らしをしている主人公の「わたし」。大阪で暮らす姉の巻子と、その娘の緑子。2人は母子家庭。巻子は、夫と離婚して以降懸命に働いてきたが、現在は豊胸手術に執拗にこだわる。緑子は初潮を迎えたばかりの年代で、自らの胎内に無数の卵を持つことに違和感を持つ。
 この母子のコミュニケーションは、筆談のみ。言葉を発せないわけではない。娘の緑子が、言葉によるコミュニケーションを拒んでいるからだ。そんな娘の気持ちを理解できない巻子。一方、母に伝えたい自分の思いが何であるのかさえ分からず自分自身を持て余す緑子。そんな母子が豊胸手術のために上京し、「わたし」のアパートで過ごす。その3日間を描いている。 続きを読む

本の楽園 第194回 遅ればせながら、鶴見俊輔生誕百年

作家
村上政彦

 鶴見俊輔を知ったのは、「限界芸術」という彼のアイデアに出会ったからだった。
『限界芸術論』によれば、芸術には、純粋芸術(一般に芸術と呼ばれている作品)、大衆芸術(俗悪なもの、非芸術的なもの、ニセモノ芸術と考えられる作品)、限界芸術(両者よりもさらに広大な領域で芸術と生活との境界線にあたる作品)の3種類がある。
 鶴見は、宮沢賢治を限界芸術の実作者ととらえている。そのことが、多くの人に受け容れられ、しかも豊かな芸術性を備えている文学を構想していた僕にとって、大きな触発となった。
 また、日本では小学校しか出ていないのに、渡米してハーバード大学で学んで、図書館でアルバイトをしているとき、ヘレンケラーと出会い、「私はいまunlearnしている」といわれて、unlearnを「学びほぐす」と訳し、人は学びほぐすことが必要だと説いたことにも教えられた。
 それから僕は、鶴見俊輔の仕事に注目するようになったのだけれど、彼が詩を書いていたことは知らなかった。『もうろくの春 鶴見俊輔詩集』――さっそく注文した。 続きを読む