本の楽園 第197回 ザ・シット・ジョブ

作家
村上政彦

 人類学者のデヴィッド・グレーバーが、『ブルシット・ジョブ』という厚い本を出した。高額な報酬を得ているけれど、社会や人々にとって、あまり役に立っていない仕事を批判している。これは、コロナ禍でエッセンシャルワーカーが注目されたのとパラレルな出来事だ。
 社会を営み、人が生活するうえで、不可欠な仕事が、エッセンシャルワークだ。医療従事者、介護士、教師、清掃員など、その人たちがいなければ、僕らの社会は回ってゆかない。
 それに比べて、ブルシット・ジョブは、受付係、顧問弁護士、企業のコンプライアンス担当者、中間管理職など、いなかったとしても、誰も不自由を感じることのない仕事ばかりだ。
 仕事本の類は少なくないけれども、多くの人がなんとなくそう思いながら、言葉にならなかったことを指摘した仕事本は、初めて読んだ。グレーバーは偉い。と、いいながら、今回取り上げるのは別の本である。
 ブレイディみかこの『私労働小説 ザ・シット・ジョブ』だ。帯のコピーは本作を、「社会に欠かせぬ仕事ほど低賃金、重労働、等閑視される世に投じる、渾身の労働文学!」と銘打っている。 続きを読む

書評『新装改訂版 随筆 正義の道』――池田門下の〝本当の出発〟のとき

ライター
本房 歩

「人間・池田大作」を見つめてきた目

 創価学会の第3代会長であり、創価学会インタナショナル(SGI)会長でもあった池田大作氏が逝去して、この11月15日に一周忌となる。
 著者である池田博正氏は、1953年に池田会長の長男として生まれた。慶應義塾大学を卒業後、約10年間の高校教員生活を経て1989年から創価学会本部に勤務。総合未来本部長など、とりわけ創価学会の未来部(小中高校生世代)の育成に取り組んできた。
 現在は、創価学会主任副会長、SGI副会長の要職にある。池田会長の子息という立場もあって、会長の生前から〝名代〟として名誉学術称号受章など、諸外国との重要行事に臨むことも多かった。また、会長が大切に友情をはぐくんできた要人たちのなかには、互いの家族ぐるみで親交を深めて相手も多い。
 本書は、著者が未来部の機関紙に掲載したエッセーや、未来部向けの教学研修、海外諸行事での講演などをまとめたものとして、2009年10月に刊行された『随筆 正義の道』の新装改訂版である。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第65回 正修止観章㉕

[3]「2. 広く解す」㉓

(9)十乗観法を明かす⑫

 ③不可思議境とは何か(10)

(7)化他の境を明かす(2)

 以下、為人悉檀(一切の善法を生ずることに関する)・対治悉檀(一切の悪法を対治することに関する)の説明が続くが、この説明を省略し、最後の第一義悉檀についての『摩訶止観』の説明を引用する。

 云何んが第一義悉檀もて心は理を見ることを得ん。「心は開け意は解(と)けて、豁然(かつねん)として道を得」と言うが如し。或いは、縁は能く理を見ると説く。「須臾(しゅゆ)も之れを聞かば、即ち三菩提を究竟することを得」と言うが如し。或いは、因縁は和合して道を得と説く。「快馬(けめ)は鞭の影を見て、即ち正路を得るが如し」と。或いは、離して能く理を見ると説く。「無所得は即ち是れ得にして、已に是れ得は無所得なり」と言うが如し。是れ第一義の四句に理を見ると名づく。何に況んや心は三千の法を生ずるをや。(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅱ)、588頁)

と。ここでは、理を見ることについて四つの立場(自・他・共・離)を肯定する経典を引用している。第一に(自の立場)心が理を見ることについては、「心がぱっと開けて、すっきりと覚りを得る」という文を引用しているが、出典は不明である。 続きを読む

書評『おじいちゃんが教えてくれた 人として大切なこと』――ガンジーの思想と人物を学ぶ最良の入門書

ライター
小林芳雄

怒りは善悪に通じる

 著者アルン・ガンジー氏(1934-2023)はインド独立の父マハトマ・ガンジーの孫であり、その思想を受け継ぎジャーナリストや社会活動家として活躍した人物である。
 本書は、祖父から受けた教えの要点を11にまとめ、一般の読者に向けて分かりやすく論じたものだ。また本書はガンジーを偉人ではなく、生活者、優しいおじいちゃんという身近な視点から描いている。その意味でガンジーの思想と人物を学ぶうえで最良の入門書であろう。

「怒りは、車のガソリンのようなものだ。怒りがあるおかげで、人は前に進むことができるし、もっといい場所に行くこともできる。怒りがなければ、困難にぶつかったときに、なにくそという気持ちで立ち向かうこともできないだろう? 人は怒りをエネルギーにして、正しいことと、間違ったことを区別することができるんだよ」(本書28ページ)

 アルン氏が生まれ育った当時、南アフリカでは希代の悪法アパルトヘイト(人種隔離政策)が実施されていた。彼は幼少期、白人からは肌の色が黒いと差別され、黒人からは肌の色が薄いと差別され、肌の色が原因でリンチまがいの暴行を2度受けた。アルン氏の心は憎悪で満たされ、復讐のためにウエイト・トレーニングを始めたという。
 両親は息子の姿に心を痛め、状況を改善するためにはインドに住む祖父のもとに預けることが良いと判断する。こうして12歳から14歳までの2年間、アルン氏はインドのガンジーのもとで生活をした。 続きを読む

池田先生の苦闘時代――嵐の日々と、師弟の「戸田大学」

ライター
青山樹人

次の価値創造の源泉となろう

 1969年5月に毎日新聞社から刊行された『私はこう思う』に、「私はこうして苦闘をのりきった」と題する池田大作先生の随筆がある。もともとはその2年前に雑誌に寄稿したものだ。

 嵐がこようが、怒涛が押し寄せようが、つねに汝自身が、厳然として光り輝いていればそれでよいのだ。私は、現在、幾多の苦難と闘っている若い人々に言いたい。今の苦難は、君たちの態度いかんで、君たちを飾る至宝にさえなるのだ、と。
(『池田大作全集』第18巻所収)

 一度や、二度の失敗でくじけることはまことに愚かだ。人生は、長い長い旅路である。(同)

 そして、その失敗の原因を、冷静に判断していく心のゆとり、それがつぎの価値創造の源泉となろう。(同)

 仏法に巡りあってからの先生にとって最初の「苦闘」。その烈風が吹きつけてきたのは、75年前の秋のことだった。 続きを読む