『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第56回 正修止観章⑯

[3]「2. 広く解す」⑭

(9)十乗観法を明かす③

 ②思議境とは何か(2)

 ところで、ここに十法界の区別の根拠が示されていることが見て取れるであろう。それは衆生が諸法(自己を含むすべての存在)をどのように見るかによるといわれる。つまり、諸法を有(永遠不変に実在する固定的実体)と見ると六道となり、空(固定的実体のないこと)と見ると声聞・縁覚となり、仮(固定的実体はないが、諸原因・条件に依存して仮りの存在として成立していること)と見ると菩薩となり、中道(空と仮のどちらか一方に偏[かたよ]らず、両者を正しく統合すること)と見ると仏となると説明されている。
 ここでは、「見る」といっているが、「見る」ことは衆生の一切の行為を集約して表現したものであり、ただ単に「見る」だけにとどまるものではない。衆生の生き方全体が「見る」ことに深く関わっているのである。たとえば、六道の衆生は諸法を有としか見ることはできないし、また有と見ることにおいて六道の衆生のあり方が成立しているのである。有と見ることは、対象が永遠不変に実在するものと捉え、その対象に必然的に執著することを意味する。そこで、六道の衆生のあり方が成立するのである。六道の衆生は煩悩に駆り立てられて対象に執著するが、彼らは対象を有と見ているのである。 続きを読む

党内対立が激化する立憲――焦点は日本共産党との関係

ライター
松田 明

「連合として看過できない」

 昨春の統一地方選以降、支持率で日本維新の会の後塵を拝してきた立憲民主党。しかし、大阪万博などをめぐって昨年末から維新の支持率が急降下する。入れ替わりに立憲民主党の支持率が急上昇し、今年5月には10%を超える勢いを示していた。
 まさかの好転に、岸田政権の支持率が低迷し続けるなかで、泉健太代表は連日、鼻息荒く「解散総選挙すべし」と訴えていた。
 ところが5月27日、当時まだ立憲民主党に在籍していた(6月18日に離党届を受理)蓮舫氏が東京都知事選挙に出馬を表明した。すると事実上の選挙戦がスタートする頃から立憲民主党の支持率がまさかの急落を始めた。
 7月7日投開票の都知事選挙が終わっても回復の兆しは見えず、7月20日~21日に実施された各社の世論調査でも、立憲民主党はどの党よりも大きな下げ幅を記録している。
 離党したとはいえ党内でももっとも知名度が高かった議員の1人であろう蓮舫氏が連日、街頭やメディアで露出した選挙戦の渦中で、なぜ立憲民主党の支持率が上昇するならまだしも急降下に転じたのか。
 蓮舫氏があっけなく3位に終わったことも含め、蓮舫氏の選挙戦が立憲民主党への期待値を下げる結果につながったことは、ほぼ疑いようがない。 続きを読む

『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第55回 正修止観章⑮

[3]「2. 広く解す」⑬

(9)十乗観法を明かす②

①十乗を広く解す

 前回に引き続き、「十乗観法を明かす」についての説明を続ける。あらためて、この段の科文を掲げると、下記の通りである。

7.2812 十乗観法を明かす(52b-101c)
7.28121 正しく十観を明かす(52b-101b)
7.281211 端座して陰・入を観ず(52b-100b)
7.2812111 初めに法(52b-100a)
7.28121111 十乗を広く解す(52b-100a)
7.281211111 観不可思議境(52b-55c)

 
 今回は「十乗を広く解す」・「観不可思議境」の段である。つまり、十乗観法のなかの第一「観不可思議境」について説明する。すでに十境の第一「陰入界を観ずること」は、心を観ずること、すなわち観心に切り詰められることを述べた。この段の冒頭には、次のように述べられている。 続きを読む

書評『LGBTのコモン・センス』――私たちの性に関する常識を編み直す

ライター
本房 歩

誰もが自分らしく生きるために

 著者の池田弘乃氏は、ジェンダーやセクシュアリティ、フェミニズム法理論などの研究を進める気鋭の法哲学者。現在は山形大学で教授を務めている。
 新著『LGBTのコモン・センス』では、著者はこれまでも取り組んできた性的マイノリティの権利保障の問題について、当事者への丹念な取材を通して、日本社会における制度的な不備や、社会に根づく誤解や偏見などを浮かび上がらせ、性に対する私たちの常識(コモン・センス)を編み直していく。
 今私たちが性に対して〝常識〟と考えているそれは、単に時代の制約を受けたものであったり、漠然とした印象によるものでしかなかったりするのではないか。そうした〝常識〟が、人々に「男らしさ」や「女らしさ」を過剰に押しつけ、一人ひとりが「自分らしく」生きることを阻害しているのではないか。
 著者はこうした問題意識のもと、読者とともに性についての常識の編み直しを図る。そして、多様な性のあり方を確認しながら、誰もが「個人として尊重」される社会を展望していく。 続きを読む

本の楽園 第190回 ツユクサナツコは幸せだったのか?

作家
村上政彦

 漫画読みになったのは小学校に入るころだった。当時は漫画雑誌の創刊が相次いで、『少年マガジン』『少年サンデー』『少年キング』『少年ジャンプ』『少年チャンピオン』と週刊誌だけで5誌もあった。
 僕はすべて購読していた。発売日には、学校から帰ってまっすぐに本屋へ。すると1台のトラックが店先に停まって、荷台からビニール紐で結んだ漫画雑誌の束を下ろす。馴染みの本屋のおじさんが鋏で紐を切って、1冊手に取ると、ぱんぱんと埃を払う。
「はい、村上君」
「ありがとう」
 僕は掌ににぎりしめて温かくなっている硬貨を渡して、漫画雑誌を受け取る。表紙をめくる。ぷんとインクの匂いが立つ。歩きながらページを繰ると、指先が青いインクで染まる。僕は家にたどりつくまでに、連載の一話を読み終わっている――。
 いまでもそのころのことは、よく憶えている。あんなに夢中になって漫画のなかへ入っていけたのは、名作がそろっていたからだろうか。それとも子供だったからだろうか。その後、だんだん関心が文学に移って、あまり漫画は読まなくなった。 続きを読む