元日本代表が綴るラグビーのトリセツ――書評『ラグビーまあまあおもろいで!』

ライター
本房 歩

いよいよワールドカップ開幕!

 9月20日から11月2日までの日程で、いよいよラグビーワールドカップ2019日本大会が始まる。
 決勝戦が横浜市の国際総合競技場でおこなわれるほか、試合は札幌市、釜石市、東大阪市、神戸市、福岡市など、全国12都市で開催される。
 1987年の第1回大会から4年に1度ごとに開催され、今回が第9回。
 前回、イングランドで開催された第8回大会では、日本が南アフリカ(世界ランキング3位/過去2回の優勝経験)を34-32で破る快挙を成し遂げ、列島が湧いた。
 今回の日本大会はアジア初のワールドカップ開催でもあり、さらにラグビーへの関心が高まりそうだ。

 ラグビーの魅力は、まずなんといっても、球技でありながら一方で激しくフィジカルをぶつけ合う格闘技のような要素を併せ持つことだろう。
 1チーム15人のうち、前にいる8人は屈強な肉体でボールを奪取するフォワード。後方にいるバックスの7人は、俊敏な身体能力で得点を決める。

 フォワードとバックスのそれぞれの特性を説明する際、僕はいつも「フォワードは格闘技、バックスは球技」と言っています。つまり、同じラグビーとは言っても、フォワードとバックスはそれくらいやることが異なるのです。(『ラグビーまあまあおもろいで! あなたの知らない楕円球の世界』/潮新書)

 著者の大畑大介氏は、ラグビーの元日本代表。俊足のバックスとして1999年と2003年の2度のワールドカップを経験し、2011年に現役引退。2016年にはアジア勢として史上2人目のラグビー殿堂入りの栄誉に輝いた。今回の日本大会では、アンバサダーも務める。

「警察官ではなく指揮者」

 そんなラグビー界のレジェンドが綴る本書は、全3章から成る。
 第1章は「ラグビーを知る」。ラグビー観戦をより楽しいものにするためには、その基本的なルールや競技の成り立ち、戦術などを知ることが欠かせない。
 経験者でもないかぎり、まず多くの人が戸惑うのが、そのルールなどの複雑さだ。単に筋骨隆々の人間が15人集まっているのではなく、先ほどの「フォワードは格闘技、バックスは球技」のように、競技の構造がわかってくると面白みが増す。
 大畑氏は、選手のポジションをさらに的確に〝ものづくりの会社〟に例える。
 背番号1番から8番のフォワードは、ボールを奪い取る「製造」部門。
 11番から15番のバックスは、得点を稼ぐ「営業」部門。フォワードとバックスのあいだをつなぐハーフバックス(バックスのうち9番のスクラムハーフと10番のスタンドオフ)は、両者のコミュニケーションを図り指示を出す「販売戦略」部門。
 こんなふうに言われるだけで、なるほどと納得するだろう。
 さらにレフリーについても、ラグビーではレフリーと選手が密に会話でコミュニケーションをとることを挙げ、こう例える。

 これは他の競技では見られないことだと思います。基本的にスポーツのルールというのは、それを犯した時点ですぐに反則となるものだからです。
 その意味では、犯した時点で即刻反則を取る他競技のレフリーを「警察官」とするならば、事前に注意を促しながら、プレーヤーと一緒に試合をより素晴らしい作品にしようとするレフリーは、オーケストラの「指揮者」のようなものと言えます。(本書)

ケガから学んだ「加点法」

 第2章の「ラグビーから学ぶ」は、大畑氏自身の来し方にも言及しながら、ラグビーという競技の持つ精神性について綴られている。
 それこそ選手生命さえ左右しかねないような大小のケガがつきものの競技。若い頃の大畑氏は、ケガをするたびに〝できることが減っていく〟という「減点法」で考えてしまっていたという。
 ところが、自身が父親となり、日に日にできることが増えていく子供の成長を見ていくうちに、「減点法」思考がバカバカしくなって「加点法」でケガに向き合えるようになった。
 その思考は、現役を引退した後の今の人生にも大いに役立っているという。

 思うようにいかない時は「仕方ない」と思ってじっと耐える。そのうち少しでも良い兆しがあれば加点する。そうすれば、気持ちは前向きになるはずです。
 僕はこのことを、ラグビーで負った度重なるケガから学んだのです。(本書)

消えた「魔法のやかん」

 第3章は「ラグビーを楽しむ」。まずラグビーという競技が、いつ、どのように成立し、どのように受容され普及してきたのか。
 もともと地域のお祭りの色彩が強かったフットボールが、パブリックスクールの教育改革の方途の一つとして取り入れられ、次第にサッカーとラグビーに分離しつつ近代スポーツへと変わっていった。
 日本のラグビーの始まりも慶應義塾大学(1899年)。アメリカでの始まりもハーバード大学(1872年)。オーストラリアやニュージーランド、南アフリカも、最初にラグビーを受容したのは教育機関だったというのは興味深い。
 1990年代からの30年間で、日本のラグビーは大きな変化を遂げた。
 なにより、1995年に国際ラグビーフットボール評議会が、120年以上守ってきた「アマチュア宣言」を撤廃し、選手のプロ化を認めたことが大きかった。
 一方で、大畑氏自身が現役当時から現在に至るまで課題として考え、取り組んでいることが、日本のラグビーにつきまとう「閉鎖性」と「危険性」への対処である。
 1975年生まれの大畑氏が大学生のころまで、ラグビーのグラウンドには必ず「魔法のやかん」が置かれていたものだ。
 脳震盪を起こして倒れた選手に、そのやかんの水を頭から浴びせると、魔法がかかったように目を覚まして立ち上がるのである。
 もちろん、今はそのようなものは存在しない。2011年には国際的にルールが改訂され、脳震盪の疑いのある選手は即退場となり医師によるチェックとケアを受けることが定められている。
 この第3章では、まさに始まるワールドカップ2019日本大会の見どころも、具体的な日本代表選手の名前を挙げて言及している。
 また、兄弟そろってラグビー経験者である芸人の「中川家」(中川剛・中川礼二)と大畑氏の対談。図解入りの「ラグビー超基礎知識」。さらに観戦の際に便利な「ラグビー用語辞典」まで収録されている。
 本体価格900円の手軽な新書というのも嬉しい。

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