「災害対策」に強い公明党――自治体首長らの率直な評価

ライター
松田 明

「防災大国」構築めざす

 人間の生命に対する政治の〝感度〟。それがもっとも象徴的にあらわれる場面が「災害」だ。
 公明党は、今回の参議院選挙の公約として、「防災・減災・復興を社会の主流に」を掲げた。

「一人の生命を守り抜く」ため、 公明党は、「防災・減災・復興」を政治の主流に位置付け、 防災意識を高める教育に全力を挙げ、「社会の主流」に押し上げていきます。 あらゆる知恵を総動員し、世界一災害に強い「防災大国」を構築します。(公明党「参院選2019 マニフェスト」)より

 東日本大震災を受けて、公明党は2012年夏に「防災・減災ニューディール政策」を提唱した。
 高度成長期に集中してつくられた社会インフラは、半世紀が過ぎた今、老朽化という問題に直面している。
 こうした老朽インフラを適切に修繕補強し、大地震に備えて耐震化を進めていく。必要な箇所に公共事業を集中させることで、雇用を創出し、景気回復への基盤を築くというのが「防災・減災ニューディール政策」だ。
 30年以内の発生確率が70%とも80%ともいわれる南海トラフ大地震や首都直下地震など、東日本大震災を上回る巨大な被害をもたらす大地震が、刻一刻と日本列島に迫っている。
 2018年の大阪府北部地震は最大震度6弱ではあったが被害棟数は一部損壊も含めて5万超。地震保険の請求額は阪神・淡路大震災を超えて歴代3位となった。
 毎年のように各地で発生する豪雨災害も深刻である。

生活再建支援法を成立させる

 こうしたなかで、「防災・減災」を政治の中心課題に据えて取り組もうとする公明党に対しては、識者からも期待と評価が高い。
 巨大災害研究センター長、防災研究所長などを歴任した「防災・減災・危機管理」のスペシャリスト、河田惠昭・関西大学特別任命教授は、

 これまで、政治の主要争点に掲げられることの少なかった防災へ光を当てようとする姿勢に敬意を表します。
 公明党は、目先の選挙のために防災を語るのではなく、これまでも日常の党活動の一環として、防災運動や人々の意識啓発活動に取り組んでこられました。(『第三文明』7月号

と述べ、公明党の議員が発災直後の被災地で被災者の悲しみに寄り添い、丹念に小さな声に耳を傾けて政策実現につなげてきたことを指摘する。

 その一例をあげれば、阪神・淡路大震災を機に成立した「改正被災者生活再建支援法」でしょう。公明党の尽力により成立した同法律は、「住宅などの私有財産再建に税金は投入できない」「法律はさかのぼって適用できない」との政治の常識を打ち破るものとなりました。(同)

「これが議員の姿だと思う」

 民主党政権下で起きた東日本大震災でも、公明党は「野党」であったが、ネットワーク政党の強みをいかんなく発揮し、被災地に必要な対策を次々に政府に提言し続けた。
 その迅速さは、

 政府が、まったく機能していない(『週刊朝日』2011年4月1日号)

という民主党政権の「遅い、鈍い、心がない」とは対照的であった。岩手を選挙区とする小沢一郎氏は、地元に足を運ぼうともしなかった。このことが今回の国民民主党岩手県連の大量離党の遠因のひとつになっている。
 震災関連法案の議論も、現場を把握している公明党が主導し、復興庁の早期設置、復興特区の創設など、成立した法案は公明党の主張を丸呑みしたものとなった。「東日本大震災復興基本法案」という名称も、公明党が掲げたものを採用している。
 被災地の自治体首長らからも、公明党への評価の声が相次いだ。

 公明党の方々は、現地に足を運ぶ中で、被災者が何に苦しみ、困っているのかを聞き、国会の場で何を訴えるべきかを尋ねてくれた。これが議員の姿だと思う。(戸羽太・陸前高田市長/『公明新聞』2011年9月15日付)

 机上の空論ではない。本当に仕事をしていると感じる。(井口経明・岩沼市長/同9月20日付)

 公明党の議員は、被災直後からフットワークも軽く、現場を歩き、さまざまな情報を伝えてくれた。仮設住宅の住環境についても、一軒一軒回ってアンケートを回収し、その結果を県に提出してくれた。こうした活動ができる政党は、公明党しかない。(村井嘉浩・宮城県知事/同2012年3月11日付)

 こうした公明党の「一人の生命を守り抜く」という姿勢は、与党の一員となることで、さらに政治を動かしてきた。

国の対応は政権によって違う

 2016年に震度7に2回見舞われた熊本地震。
 熊本県では、発災直後から「創造的復興」との理念を掲げ、被災前よりも良い状態への復興に取り組んできた。
 蒲島郁夫・熊本県知事は、

 大きな災害があった際の国の対応は、そのときの政権によって異なります。(『第三文明』8月号

と語る。
 くまモンの登用など斬新な手腕が光る蒲島知事は、2008年の知事就任まで筑波大学や東京大学で教授を歴任してきた政治学の専門家でもある。
 1995年の阪神・淡路大震災では、そもそも当時の自社さ政権に「創造的復興」などという哲学すらなかった。
 高速道路が倒壊し、新幹線をはじめ鉄道網が寸断されているなかで、当時の亀井静香・運輸大臣は震災の2日後、青森県知事の応援演説に出かけている。自社さ政権の鈍感さと冷酷さをよくあらわしている。
 東日本大震災の際の民主党政権には、「創造的復興」という考え方はあったが、それを実行する能力を持っていなかった。いざという時に、その政権の本質や力量が出てしまうのだ。

公明党が政権内にいたから

 こうした過去の経緯を踏まえ、蒲島知事は、

 熊本地震のときに、もしも自民党の単独政権だったとしたら、私は〝自分のことは自分でやれ〟という新自由主義的な対応に傾く恐れがあったと思っています。公明党は伝統的に福祉や平和、弱者への配慮など、社民主義的な要素を持っておられます。熊本地震で熊本県は、負担の最小化と被災地への最大限の配慮、そして創造的復興という哲学を求めました。それらを政府に認めてもらえたのは、ほかでもなく公明党が政権内にいたからでしょう。(同)

と語っている。

 その象徴が、石井啓一大臣が率いる国土交通省だと思います。国交省は政治と官僚がタッグを組んで、最大限のスピードで対応してくださいました。また、いつも小さな声に耳を傾けている公明党の議員の皆さんには、何度も熊本県に足を運んでいただきました。福祉や平和に加えて、災害対策も公明党の大きな強みだと私は感じています。(同)

 熊本地震の復興について、公明党が政権内で果たしてきた役割がどれほど大きかったか。知事の率直な証言には重みがある。
「平和」「福祉」に加え、「防災・減災」でも大きな力量を発揮してきた公明党。引き続き政権内で存在感を示し、政治の安定を図り、国民の「生命」を守る政治を前に進めてもらいたい。

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