世界宗教の条件を考える――書評『希望の源泉・池田思想』

ライター
本房 歩

世界に広がる池田思想研究

 創価学会という教団、あるいは池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長という人物について、もっとも理解が浅薄で遅れているのは、おそらく日本社会であろう。
 人が遠くの星を見ることはできても、睫毛(まつげ)を見ることはできないと譬えるべきか。蟹は甲羅に似せて穴を掘る、と言うべきか。
 米国と並んで世界の覇者となりつつある中国は今、世界でもっとも「池田思想」の研究が広がった国でもある。
 最高学府の北京大学を筆頭に、全土の約40の大学・学術機関に「池田思想」の研究機関が設置されている。
 一帯一路構想を国家ビジョンとして進めている中国だが、習近平氏は国家主席に就任した2013年に「人類運命共同体」という理念を提唱している。
 このほど「周恩来・池田大作研究センター」を設置した浙江越秀外国語学院は、

 東アジアの文明、東西文明の相互啓発と融合を促進するという点において、池田大作先生は傑出した貢献をなされています。文明の交流は現在の世界において非常に重要なテーマであり、こうした時に「周恩来・池田大作研究センター」を設立することは重要な意義を持つと確信しております。(葉興国副学長/『聖教新聞』5月30日付)

と表明している。
 池田会長が北京大学において、周恩来との一期一会の語らいに言及しつつ、「民衆同士の、国境を超えた世界的な連帯」を基軸とした「新しい普遍主義」の可能性を中国の民衆群像に見出す講演をしたのは、まだ文化大革命の終息から間もない1980年のことだ。

2つのアプローチ

 さて、日本にあって例外的に、創価学会と池田会長の理解について精力的な取り組みを続け、言論を発信し続けているのが、作家・佐藤優氏である。
 それが皮相的なものでないことは、氏が全150巻に及ぶ『池田大作全集』を買いそろえて読破に挑んでいること。既に、会長の海外諸大学での講演について論じた著作や、トインビーとの対談を論じた著作などを出版していることにも表れている。
 この佐藤氏が目下、月刊誌『第三文明』で続けているのが、「希望の源泉 池田思想を読み解く」と題する連載だ。
 これは、池田会長の代表的著作の1つである『法華経の智慧』をベースに、佐藤氏ならではの視点で〝世界宗教の条件〟を考察するもの。本書は、待たれていた単行本化の第1巻である。
 佐藤氏は「まえがき」のなかで、

 池田会長の人生自体が、法華経の精神を体現している。私の理解では、法華経を学ぶ者たちのために、二つのアプローチを示された。(引用は以下すべて本書『希望の源泉・池田思想』から)

と述べている。
 その第1のアプローチは小説『人間革命』と『新・人間革命』。佐藤氏は、この連続した大河小説を、

 小説の形態によって、法華経の精神を追体験するアプローチだ。

とする。これに対して、

 第二のアプローチでは、学知を生かし、理論面から法華経の現代的意義を解明する。これが、座談方式により池田会長が卓越した法華経解釈を提示した『法華経の智慧』(聖教新聞社)なのである。

 ちなみに第1のアプローチである『人間革命』『新・人間革命』の読み解きについても、佐藤氏は現在、ほかの月刊誌で連載中である。

「世界宗教化」という補助線

 佐藤氏は、なぜこれほど精魂を傾けて創価学会と池田会長に関心を寄せるのか。

『法華経の智慧』は「民衆宗教としての創価学会」を前面に打ち出した内容ですね。その点で、プロテスタントのキリスト教徒である私には、共鳴できる部分が随所にあります。プロテスタントを生んだ「宗教改革」は、キリスト教を民衆の手に取り戻そうとする運動であったからです。

 佐藤氏が『第三文明』誌上で、この『法華経の智慧』をベースにした連載を開始したのは、宗教改革500周年を翌年に控えた2016年夏のことである。
 もうひとつの理由は、SGIが日本から発祥した「世界宗教」になり得ると佐藤氏が洞察していることであろう。

 創価学会について論じる際には、学会の世界宗教化ということを常に〝補助線〟として見ていかないと、本質を見誤ります。物事の表面しか見ない一部の宗教学者には、そこがわかっていないんですね。

 池田会長が機関誌『大白蓮華』で「法華経の智慧」の連載を開始したのは、四半世紀前の1994年だった。

『法華経の智慧』は、池田会長が創価学会の「世界宗教化」を見据え、「SGIが世界宗教となった時代」のために用意した書物であると、私は捉えています。「世界宗教としての創価学会」が、全編に通底する大きなテーマなのです。
 そして、創価学会が今まさに世界宗教化の途上にあるということを、学会員ではない日本の識者たちも近年少しずつ認めつつあると、私は感じています。

すべてを生かしていく智慧

 さらにいえば、佐藤氏が今という時代を「危機の時代」と感じていることが挙げられる。

 なぜ、私のような創価学会員ではない人間が、『法華経の智慧』という書物を今読むべきなのか? その問いに対する一つの答えは、「今が世界にとって大きな危機の時代・大変革期であり、その危機の時代を生きるための智慧が、ちりばめられた本だから」ということです。

 池田会長の危機の捉え方の特徴として、「危機は必ず乗り越えられるし、乗り越えることによって宿命転換し、大きく成長できる」という、ある種の楽観性が挙げられます。

 じつは本書の連載がはじまった2016年夏の時点では、米国の次期大統領としてヒラリー・クリントンが最有力視されていた。
 しかし、佐藤氏は同年3月上旬の時点でトランプ大統領誕生の可能性を予見する論考を発表していた。
 そして、予見どおり大番狂わせでトランプ大統領が誕生した直後、佐藤氏はこう語っている。

 さて、そのような米国政治の大きな転換点にあたって、日本は今後どう舵取りをすべきか。私はその点でも、『法華経の智慧』から学ぶべきことは多いと思います。以前も述べたとおり、『法華経の智慧』は先の見えない危機の時代への羅針盤となる書物だからです。
 法華経における「智慧」とは、善悪二元論ではなく、すべてを生かしていこうとするものですね。したがって、トランプ大統領になっても、彼のなかのよい部分を「生かしていこう」と考えるのが、法華経的視座であろうかと思います。

 佐藤氏は法華経の中に「すべての思想を生かしていく智慧」があることに深い共感を寄せている。そして、その智慧を創価学会という世界的に広がった民衆運動に体現させた池田会長の卓抜したリーダーシップについて、これまで折に触れて論じてきた。
 本書には直接の言及はないが、創価学会が支援する公明党が政権内でいかなる役割を果たしているのかを考える意味でも、示唆に富んだ一書であると思う。

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