連載エッセー「本の楽園」 第52回 突破するデザイン

作家
村上政彦

デザインというと、色やかたちに関わるものとおもっていたが、どうもそれだけではないらしいと分かってきたのが、社会の仕組みをデザインする、ソーシャルデザインを知った、ここ4、5年のことだった。
その方面の本をいろいろ読んでいたら本書『突破するデザイン』にたどりついた。これはデザインについての最新の動向を知るためには、いい入門書となるだろう。著者のロベルト・ベルガンティは、イタリア・ミラノ大学の教授で、マネジメントとデザインを講じつつ、経営者にデザインとイノベーションのマネジメント教育を行っているという。
ベルガンティが新しいのは、ものを売るために必要なのは「意味のイノベーション」だと主張するところだ。
これまでは消費者がなにか問題を抱えていて、デザイナーたちがそれを解決するための手立てを提案するというのが、一般的な動向だった。彼はこれを「問題解決のイノベーション」と呼ぶ。
デザイナーは、すでにある製品を、消費者がどのように使用するか観察し、ついで外部のプレイヤーを導き入れ、新しいアイデアを創り上げる。この場合、アイデアは多いほどいい。数を撃てば当たるということだ。
ところがベルガンティが掲げる「意味のイノベーション」では、多くのアイデアを必要としない。ひとつを大切にする。また、外に出て消費者を観察する必要もない。自分の内側を見つめ、じっくり考えた出したアイデアを、建設的な批判にさらしながら育てていくのだ。
自分から始めること、建設的な批判――このふたつが肝である。ベルガンティによれば、

「意味」とは、人々が達成しようとする「目的」、言い換えれば、何かを行う「理由」である。

自分の人生に価値があると感じさせてくれる目的意識

商品開発に、この「意味のイノベーション」が、どのように関わるのか、具体例を見てみよう。
アルファ ロメオという自動車のメーカーがある。初めてF1で勝利したのはこのメーカーのマシンであり、『卒業』という映画で主演のダスティン・ホフマンが乗っていたオープンカーもこのメーカーのものだった。
最近は、ドイツのメーカーの攻勢のなかで苦しい状況に追いつめられていた。そこで彼らは「意味のイノベーション」を採用した。20人ほどのスタッフがそれぞれヴィジョンを提案した。そのひとつ――

 人々は自らの富を誇示するため、プレミアム車を購入するという従来の支配的なヴィジョンから、人々を興奮させるためのプレミアム車へという新しいヴィジョンが提案された。

これは、

 人々は彼らの富とは関係なく、運転する情熱を表現するために車を買うというヴィジョンである。

 別のヴィジョンでは、エンジンパワーとトップスピードから価値が認識されるというヴィジョンから、ドライバーの操作に対する反応のよさと車の敏捷性から価値が認識されるというヴィジョンへと意味を変える提案がなされた。

ふたつのヴィジョンを統合して、

 アルファ ロメオは高価なマシンではなく、情熱的なドライバーのための車を生み出す

というヴィジョンができた。2013年、それをもとに「アルファ ロメオ 4cスポーツカー」が生産されることになった。4Cはそれほど高価ではないが、重量を軽くすることで、トップクラスのスポーツカーと遜色のない性能を誇る。
4cは、市場に投入してわずか数週間後に、初年度の生産枠が予約でいっぱいになった。
さて、「意味のイノベーション」の肝を、『デザインの次に来るもの これからの商品は「意味」を考える』にパラフレーズしてもらおう。

☆個人による熟考
一人ひとりが自分の持つモノゴトの前提に疑問を投げかけて、自社が解決できる顧客の問題を新たな解釈で捉え直すのです。「自分自身の考えを起点にすること」が重要なポイントです。多人数で意見を出し合うブレインストーミングでは、他者の目を気にして尖った意見を出すことをためらってしまったり、無難な表現に修正して表現してしまいがちです。自分の考えをより深く掘り下げることで、この弊害が回避できます。

☆建設的な批判
信頼できる仲間の建設的な批判にさらされることで、自分のヴィジョンやアイデアはより強いものになります。

ベルガンティは、「意味のイノベーション」と「問題解決のイノベーション」の両方が大切だと述べている。

 企業も、両方のイノベーションを実施することが必要になる。既存のソリューションを改善するような新たなソリューションと、すでに市場の存在するものを根本的に変化させるような、新たな意味の探求である。実際、新たな意味がつくられると、続いてソリューションが提案され、非常に強力な新たな方針が打ち立てられる。この組み合わせが重要である。

よく考えてみると、これはデザインが文学に近づいたということではないか? 僕ら小説家は、自分の内側から見出したアイデアやヴィジョンを温め、編集者という建設的な批判を述べるパートナーと作品を磨いていくのだ。
うん、なんだか自信が湧いてきたぞ。文学、いいな。

お勧めの本:
『突破するデザイン』(ロベルト・ベルガンティ著/八重樫文監訳/日経BP社)
『デザインの次に来るもの これからの商品は「意味」を考える』(安西洋之・八重樫文著/クロスメディア・パブリッシング)


むらかみ・まさひこ●作家。業界紙記者、学習塾経営などを経て、1987年、「純愛」で福武書店(現ベネッセ)主催・海燕新人文学賞を受賞し、作家生活に入る。日本文芸家協会会員。日本ペンクラブ会員。「ドライヴしない?」で1990年下半期、「ナイスボール」で1991年上半期、「青空」で同年下半期、「量子のベルカント」で1992年上半期、「分界線」で1993年上半期と、5回芥川賞候補となる。他の作品に、『台湾聖母』(コールサック社)、『トキオ・ウイルス』(ハルキ文庫)、『「君が代少年」を探して――台湾人と日本語教育』(平凡社新書)、『ハンスの林檎』(潮出版社)、コミック脚本『笑顔の挑戦』『愛が聴こえる』(第三文明社)など。