もともとの空手にルールはない
日本の南端に位置する沖縄 から世界に広がった空手は、伝わった時期や伝播経路などによって、多くのバリエーションを持つに至った。
同じ「カラテ」でも、沖縄伝統空手と、一般的に知られている空手を並べてみると、かなり異なった武術ともいえる。
沖縄発祥の空手は、「武術空手」や「武道空手」という言葉で括ることができる。平たくいえば「ルールのない空手」であり、命のやり取りをした時代の空手にほかならない。
当然ながら、目玉や金的などの急所を攻撃する行為は当たり前のことで、古流の型にはそうした動作が普通の技として含まれる。ただし、現代においてそれをそのまま使用すれば、重大な刑事事件となることは明白で、極限状態における正当防衛としてしか、使用価値はないものかもしれない。
一方で、沖縄から日本本土に渡った以降に本土で発達したのが「競技空手」の分野だ。日本の他の3大武道である剣道や柔道と同じく、試合を前提とした空手である。
試合を前提とした空手の組手は、仮に防具をつけて行うものであれ、あるいは寸止めルールであれ、または顔面への突きや金的攻撃などを禁じるフルコンタクト・ルールであれ、基本的にはすべて同じ範疇に入る。
ルールの存在しない「武術空手」と比較した場合、競技上の安全性を保つためにさまざまなルールを設定することで、必然的に技の種類や攻撃のバリエーションにおいて制約を受ける結果となる。それによって、完全な護身目的の「武術空手」とは、異なる形式の空手が発達することになった。
「競技空手」を別の言葉で「スポーツ空手」と称することもあるが、後者には「武術空手」の側からの一種の意図が感じられるので、ここでは使わないことにする。
生涯つづけられる空手
3つめの柱として挙げられるのは「健康空手」だ。
その名のとおり、自身の健康維持、体力維持を目的とした空手のことであり、なおかつそれは、上記の「武術空手」や「競技空手」と対立する概念でもない。
「健康空手」は、中年以降の、特に高齢者になってからの空手というイメージがある。
確かに、多くの型動作を覚え、あるいは忘れないようにそれを維持し、定期的に適度な有酸素運動を伴い、運動だけでなく瞬時に頭脳を働かさねばならない稽古体系をもつ空手は、認知症 予防には打ってつけのものに思われる。事実、沖縄伝統空手の空手家は、おしなべて長寿の傾向が強い。
ほかにも最近は青少年への普及が進んだことにより、「キッズ空手」あるいは「教育空手」という分野も無視できないものがある。
子どものしつけのため、あるいは礼儀作法を身につけさせるという教育的効果を目的として空手を学ばせようとする親は少なくない。子どもが自分自身で痛い思いをするからこそ、他者に痛いことをしてはいけないという学習効果が見込めるというわけだ。
また、空手が女性にとって有用であるという立場からの「女性空手」を説く人もいる。事実、空手は女性の美容にいいことにも定評がある。
さらに肉体的なハンディキャップをもつ人のための「ハンディキャップ空手」を主張する人もいる。
いずれも空手を志すその人なりの目的観と密接に関わるものだ。
それでもただ一つ、はっきり言えることは、「競技空手」は年齢的に20代から30代で、選手生命のピーク を迎えてしまうという事実であろう。
2020年に開催される東京オリンピックでの空手競技は、まさに「競技空手」の象徴ともいうべきものだ。
「型」や「組手」部門で求められる競技者の資質は、ほかのスポーツのトップアスリートに求められる資質とさほど変わりはないものと思われる。そのため、ほかのスポーツと同じように若い選手にしか参入できない分野ともいえる。
一方で、冒頭の「武道空手」には、そのような年齢上のピークは存在しない。
空手家によっては「60代でピークを迎える空手」を説く人もいるが、沖縄においては空手歴50年以上という猛者(青少年期から老年に至るまで継続して空手に打ち込んできた者)は、特段珍しい存在ではない。
本土における空手の修行感覚とは大きな違いがある。沖縄伝統空手は、高齢になっても生涯続けられるというのが大きな特徴だ。それにより単に自己の身体だけでなく、心を磨くという発想がそこには感じられる。
【連載】沖縄伝統空手のいま~世界に飛翔したカラテの源流:
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