名匠・黒沢清が初めて撮った海外作品――映画『ダゲレオタイプの女』

ライター
倉木健人

ヨーロッパを代表する俳優が共演

 監督の黒沢清は1955年、兵庫県生まれ。立教大学で映画サークルに所属して8ミリ映画を撮りはじめ、『CURE キュア』(97年)で国際的な注目を集める存在となった。
 2001年の『回路』で第54回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞。さらに08年の『トウキョウソナタ』、『岸辺の旅』(15年)でもカンヌ国際映画祭「ある視点」部門賞を受賞。そのほか、多くの作品が世界各地の映画祭で高い評価を受け、国際的に注目され続けている。
 本作はその黒沢清が、すべてフランスでのロケ、すべて外国人キャスト、全編フランス語のオリジナル脚本で挑んだ、初の「海外進出作品」だ。黒沢とフランスをつないでこの映画を企画したのは、パリ在住のプロデューサー吉武美知子である。
sub2 主人公の若者にはジャック・オディアール監督の『預言者』(09年)でも主役に抜擢され、数々の映画賞に輝くタハール・ラヒム。ヒロインにはフランスで絶賛された『女っ気なし』(11年)でジュリエットを演じたコンスタンス・ルソー。写真家ステファン役には、ダルデンヌ兄弟の作品で常連になっている名優オリヴィエ・グルメ。さらに音楽は数々の映画を手掛けてきたグレゴワール・エッツェルが担当した。

銀板に憑かれた写真家

 ダゲレオタイプとは銀板写真のことであり、1839年に発明された世界最初の写真撮影法だ。金属板の上に直接像を焼き付けるため、作品は世界で一つしか存在しない。
 この発明は「ダゲレオタイプ狂」という言葉を生むほど人々を熱狂させた。長時間の露光が必要なため、人物を撮影する場合は特殊な器具でモデルの身体を拘束することもあった。
 映画の舞台は現代のパリ近郊。古びた屋敷に住む写真家ステファンは、今も170年前のダゲレオタイプにこだわって作品を撮っている。それはもはや妄執といったほうがいいほど鬼気迫るものがある。
sub4 職を探していたジャンという若い男が、このステファンの助手に採用されたところから物語がはじまる。ステファンの娘マリーは、古風な衣装で父のモデルを務めさせられている。やがて、マリーに恋をするジャン。一方、屋敷の中には、そこにはいないはずの誰か別の女性の気配がする。
 よくできた脚本。ロケに使われた美しい屋敷。すぐれた俳優陣。謎めいた展開に息をひそめて寄り添ううち、観客は〝いないはずの女性〟が何者かを理解していく。
 自分の欲する芸術のために、家族を犠牲にすることに痛痒を覚えない写真家。不意に目の前に現れた〝幸運〟のために自分を見失っていく若者。

 これはもちろんフランス映画ですが、あまり先入観にとらわれず、無国籍なただの映画として見ていただければ幸いです。そして、日本人監督が撮ったということも忘れていただいた方がありがたい。そんな作家性とも国籍とも関係もない、純粋な娯楽映画を目指して頑張りました。(黒沢清監督インタビュー/公式パンフレット)

 たしかに黒沢監督が言うように、これは完璧なフランス映画であり、同時に世界のどこにでも置き換えられる普遍的な映画になり得ている。知らずに映画館に入れば、誰も日本人が撮ったとは思わないだろう。そして、なによりも純粋にエンターテインメントとして楽しめる。
 それでも少し時間がたって、あれはさながら生者と死者が交差する「能」だったという感慨がふと立ち上がってくるのは、私が日本人だからであろうか。
 

映画『ダゲレオタイプの女』

10月15日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国公開!

監督・脚本:黒沢清
撮影:アレクシ・カヴィルシーヌ
音楽:グレゴワール・エッツェル
出演:タハール・ラヒム、コンスタンス・ルソー、オリヴィエ・グルメ、マチュー・アマルリック

2016年|フランス=ベルギー=日本|131分
配給:ビターズ・エンド
提供:LFDLPA Japan Film Partners(ビターズ・エンド、バップ、WOWOW)

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くらき・けんと●1963年生まれ。編集プロダクションで主に舞台・映画関係の記事づくりにたずさわる。幾多の世界的映画監督にインタビューを重ねてきた経験があり、WEB第三文明で映画評を不定期に掲載予定。趣味は旅行と料理。