連載エッセー「本の楽園」 第9回 人生を〝着崩す〟 ブコウスキーの詩

作家
村上政彦

 若いころジーンズを加工したことがある。履いたまま風呂に入って、そのまま乾かすと、体にフィットする。それを漂白剤でブリーチしたり、軽石で擦ったりして、わざとダメージを与えるのだ。当時は、それがスタイリッシュだった。いまでは店頭でダメージを施したジーンズが売られている。

 こういう衣服の着方は、〝着崩す〟という。ブコウスキーの人生を見ていると、この“着崩す”という言葉がぴったりの気がする。彼は、酒や女性やギャンブルで、意図的に人生にダメージを施して着崩しているのだ。それを題材にして、詩や小説やエッセーを書く。
 彼の作品と生活、芸術と人生は分かちがたく結びついている。そういうスタイルが、ファンからすると、何だか格好よく見える。このあたりが、カルト的な人気を持つ作家である理由だろう。

 10代のなかばだったか、親しい同級生が、「履歴書に傷がつく」という言い方をしたのを聴いて、意外な思いをした。世の中に、そんな考え方をする奴がいるのか、という発見と、それが友人だったことの驚き。
 のちに、この友人は進学校に入り、東京の私大へ進み、中学の英語教師になった。彼の履歴書は立派な作品だ。これは皮肉ではなく、友人としての尊敬の念を込めて言っている。
 ただ、僕にそういう生き方はできなかった(僕の履歴書は、友人のそれから見れば傷だらけだ)。多分、ブコウスキーもある時期からそうだったのだろうとおもう。

 ブコウスキーは1920年にドイツで生まれた。3年後にロサンゼルスへ移住する。その後、大学の創作科に籍を置くが、やがて中退し、職を転々としながらアメリカを放浪。20代初めに創作を始め、稼ぎ仕事の傍ら、作品を発表する。50代に入ってフルタイムの作家になり、74歳で没するまで50冊に及ぶ著作を残した。彼の履歴書も、ある意味で立派な作品である。

 では、その人生を題材にして、どのような作品を書いたか。

 友人たちよ、練習の時は終わりだ。サラブレッドの
 馬たちとサラブレッドの賭け手たちがいる。きみのすることは金を賭けそれをとりもどすこと
だ。女を
 愛することと同じ方法だ。あるいは人生を愛することと。そのために
 きみはちょっと働かねばならない。一日か二日たっておれはふたたび出かけて
 もっと楽しむだろう。その夜、負けた連中が駐車場に向かって
 走っているとききみはおれが競馬場のバーで静かに飲んでいるのを
 見るだろう。おれは話しかけるな。あるいはおれの邪魔をするな、そしておれも
 あんたの邪魔をしない。いいな?
(「樫の木の競技会の一日」

※編集部注 引用の詩は全て『モノマネ鳥よ、おれの幸運を願え』所収。「改行」や「空白」などは、翻訳文の体裁のまま掲載(以下同様)。

 バーテンダーたちも人間的だ
 そしてかれが野球バットに手をのばしたとき
 小柄なイタリア人がかれの顔を殴った
 酒壜で、
 そして数人の娼婦たちが悲鳴をあげた。
 おれはちょうど便所から
 出てきたところで
 そのバーテンダーが
 床から立ち上がり
 葉巻の箱をあけ
 銃をとり出すのを見た
(同書所収「さえない夜」

 おれはどや街の部屋で低能な
 アル中たちと飲んだことがある
 かれらの主張の方が立派だった
 かれらの目にはまだ光があった
 かれらの声には細やかな感情があった
(「百万長者たち」)

 夜の長い散歩――
 それは
 魂に
 よいこと
(「そして月と星と世界」)

 おれたちはアイスクリーム・コーンをたべ
 犬にびっくりさせられ
 花を摘み
 日の光のなかに手をかざした。

 おれの小さい娘は六歳
 そしてこれ以上ないほど
 いい子だ
(「小人」)

 通俗(褒め言葉です)で、どこかハードボイルドな作風。そして泥の中に砂金が潜んでいるように、荒々しい言葉の中に、ときおりイノセント(無垢)の光がきらめいている。これは彼の詩の魅力の一つだ。
 僕はブコウスキーの詩を読むと、トム・ウェイツの歌が聴こえてくる。彼の歌は、酔っ払いの子守歌だ。ブコウスキーの詩とよく似ている。

 なんてこった、みんなこう思っているにちがいない、ほかの連中と同じようにおれが好きで朗
  読をやっていると、
 だけどパンとビールと家賃のためだ
 ブラッド・マネーさ
(「ポエトリー・リーディング」)

「ブラッド・マネー」とは、「殺し屋が受け取る、殺しの報酬」だという。ブコウスキーの詩は、ダメージ加工を施したジーンズである。

お勧めの本:
『モノマネ鳥よ、おれの幸運を願え』(チャールズ・ブコウスキー/中上哲夫訳/新宿書房)


むらかみ・まさひこ●作家。業界紙記者、学習塾経営などを経て、1987年、「純愛」で福武書店(現ベネッセ)主催・海燕新人文学賞を受賞し、作家生活に入る。日本文芸家協会会員。日本ペンクラブ会員。「ドライヴしない?」で1990年下半期、「ナイスボール」で1991年上半期、「青空」で同年下半期、「猟師のベルカント」で1992年上半期、「分界線」で1993年上半期と、5回芥川賞候補となる。他の作品に『トキオ・ウイルス』(ハルキ文庫)、『「君が代少年」を探して――台湾人と日本語教育』(平凡社新書)、『ハンスの林檎』(潮出版社)、コミック脚本『笑顔の挑戦』『愛が聴こえる』(第三文明社)など。