著者の専門はバイオ研究
日本国内のコーヒー消費量は、2001年が41万トン余りだったのが2015年には46万トン超と、ゆるやかながら年々増加の傾向にある(全日本コーヒー協会データ)。
スターバックスが唯一なかった鳥取県にも今や出店し、コンビニも淹れたてコーヒーの店頭販売を相次いで始めている。
これはもともと米国での言い方だが、コーヒーの消費の流行は3つの〝波〟になぞらえられる。
19世紀末、コーヒーが大量消費されるようになって、浅煎りの〝アメリカン〟が庶民に広がったのが、コーヒーの「第1の波」。
1970年代から、スタバやタリーズなどシアトル系の深煎りコーヒーがチェーン店で広がったのが「第2の波」。
そして90年代後半からは、産地にこだわり、ブレンドではなく個々の豆の味をバリスタが丁寧に淹れるというコンセプトの「第3の波」、いわゆる〝サードウェーブ〟の店が流行るようになり、日本でも増えている。
では、そもそも「おいしいコーヒー」とは何なのか。私たちがおいしいと思うコーヒーは、豆の側、私たちの身体の側で、どのようなケミカルが作用しているのか。
本書は、植物としてのコーヒーの解説、その歴史から始まって、おいしさのメカニズム、おいしい焙煎や淹れ方、コーヒーと健康まで網羅したものだ。
注目すべきは著者の経歴なのである。
私の本職は基礎医学、その中でもいわゆるバイオ系の研究者で、普段は大学でがんに関わる遺伝子を研究したり微生物学の講義を行ったりしています。(「はじめに」より)
そうした専門職の人が、学生時代にコーヒー好きになってしまった。大学院時代には薬用植物に含まれる有効成分を抽出して薬効を調べる研究をしていたこともあって、コーヒーの味が焙煎や淹れ方でどう変化するのかには、強い関心を抱いてきたという。
ロジカルにコーヒーを理解する
なので本書は『コーヒーの科学』という書名のとおり、「典型的な理系人間」と語る著者による〝科学〟の本だと思ってほしい。
むしろ、本来すべての料理が、食材それぞれの化学反応を応用したものであることを考えると、コーヒーのデリケートな香味を現出させるには、〝科学〟としてロジカルにコーヒーを理解しておく必要があることに気づかされる。
コーヒーについての最初の文献は10世紀のペルシャの医学書で、15世紀になるとイスラム修行者が徹夜でコーランを唱える際の飲料として珍重されるようになる。
宗教的秘薬として持ち出し禁止だったはずの「コーヒーノキ」は、17世紀、18世紀と、あの手この手で東アフリカから盗み出されてはアジアや中南米に運ばれ、栽培されていった。そういう歴史の逸話も本書には登場する。
コーヒーは「コーヒーノキ」の果実を収穫し、①そこから果皮などを除いて生豆を取り出す「精製」、②生豆を加熱して味や香り、色を作り出す「焙煎」、③焙煎した豆から水(湯)で成分を引き出す「抽出」という段階を経て飲み物になる。
たとえば、そのうちの「精製」過程で生じる発酵が、コーヒーの香味に大きく作用していることを著者は指摘する。
湿式と乾式で若干異なりますが、発酵の進行に伴って、さまざまな微生物が増殖しながら集団(マイクロフローラ)を形成し、香味の元となる成分を生み出していくのです。
流行りの言い方をすれば〝ガチ〟のバイオ研究者が書いたコーヒーの本なので、理系の概念や数値が全編見事に駆使されていることを、「わかりやすい」と思う読者と「難しい」と思う読者に分かれるかもしれない。
著者と同じ理系のコーヒー好きは、ぜひご一読あれと思う。
『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』(ブルーバックス)
旦部幸博著価格 1080円+税/講談社/2016年2月19日発刊
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