トルーマン・カポーティという作家には、いくつかの貌がある。たとえば、映画の『ティファニーで朝食を』の原作者としての貌。また、ノンフィクション・ノベル『冷血』の作者としての貌。そして、短篇作家としての貌がある。
カポーティは、1924年、アメリカのニューオーリンズに生まれた。南部出身の作家である。早くから作家を志していて、すでに10歳ぐらいで書いていたらしい。地元の新聞が作文コンテストをやっていて、景品の仔馬だか犬だかがどうしても欲しくて応募した。
内容は、近所のおじさんたちの悪巧みに取材したモデル小説『でしゃばりおじさん』。連載の1回目が掲載されたところで、地元のスキャンダルが小説になるのはまずい、となって2回以降は発表されなかった。
少年カポーティは学校嫌いで、必ず、週に2回は不登校になった。よく家出もしたという。おかげで学校の成績はかんばしくなかった。12歳のころ、校長が訪ねて来て、知能が低いので、そういう子供たちのための特別な学校に入れほうがいいと勧められた。
親は腹を立てて、彼を専門的な機関へ連れて行ってIQ検査を受けさせた。結果は、「天才!」。カポーティは歓んだ。そのころのアイドル――モーパッサン、プルースト、チェーホフ、フロベールなどの作家を並べて、「僕はフロベールと同じだ」と自慢した。
それからは寝る間も惜しんで懸命に書くようになった。15歳のときには、さまざまな雑誌などに小説を投稿した。17歳のときには3作が採用になった。そして、1946年、19歳のときに書いた『ミリアム』でO・ヘンリー賞を受賞する。彼は短篇作家として、文学的な出発をしたのだ。
カポーティは、あるインタビューに応えて、短篇小説という形式への思い入れを語っている
――最初はなにを書いたんですか?
カポーティ 短篇小説さ。この表現形式にたいする意欲はいまなお強まるばかりだけどね。まじめに追求すればするほど、短篇ってやつは散文のなかでいちばんむずかしく、かつ、きびしい形式だって気がしてくる。文章のコントロールやテクニックはいろいろあるけど、ぜんぶ、この形式のなかでのトレーニングから学んできたよ。
――短篇小説のテクニックはどうすれば手に入るんでしょう?
カポーティ (略)一般化して言うことはできないね。自分の小説にふさわしいかたちを見つけることさ、そうすればその小説のもっとも自然な語り方が決まる。作家が自分の小説にふさわしい自然なかたちをうまく見つけたかどうかテストするには、読んだ後、べつなかたちを想像できるかどうか、ないしはそんなこっちの想像をうけつけない、完全で最終的なものになってるかどうか?(略)
――テクニックを磨くのにつかえる道具ってあります?
カポーティ 仕事することが唯一の道具だろう。
このインタビューで、作者みずから気に入っている作品として挙げているのが、『誕生日の子どもたち』という短篇だ。
冒頭、
昨日の夕方、六時のバスがミス・ボビットを轢いた。
と始まる。主人公は10歳の少女ミス・ビボット。1年前、母親と一緒に僕らの町へやって来た。大人のレディーぶって、並外れた言動を取る。僕の友達のビリー・ボブとプリーチャー・スターは、だんだんこの少女に惹かれていく。
ある日、町にマニー・フォックスを名乗る興行師が現われ、優勝者はハリウッドのスクリーン・テストが受けられるというコンテストを催す。出場したミス・ボビットは、セクシーな歌をうたい、
どんと腰を突き出して、スカートをまくりあげ、ブルーのレースがついた下着を丸見えにした。
そして、満場の喝采を浴び、優勝する。
ところがマニー・フォックスは約束を果たさずに姿を消した。しかも仕事の口利きの名目で何人かの少年たちから仲介料を騙し取っていた。ミス・ボビットは断罪のため、「マニー・フォックス絞首人クラブ」を立ち上げる。
マニー・フォックスは逮捕され、騙し取られた金は弁済された。ミス・ボビットは、その金を私がハリウッドでデビューするための資金に投資して欲しいと申し出る。彼女にそういわれて断ることのできる少年はいなかった。
やがてミス・ボビットの旅立つ日が来た。ビリー・ボブとプリーチャーは、大きな花束を持って見送りに。ミス・ボビットは歓んで家の階段を駆け下り、花束を受け取るために外へ飛び出して、バスに轢かれた――。
この短篇は、子供の世界をリアルにとらえ、何よりもミス・ボビットという風変わりな少女が、実に魅力的にいきいきと描かれている。
読んだ後、べつなかたちを想像できるかどうか。(前出のインタビュー)
というと、想像はできるが、やはり、この物語には、現在のかたちがいちばんふさわしいようにおもわれる。
冒頭でミス・ボビットがバスに轢かれたことが明かされることで、その後の作品全体に哀切な淡いブルーグレイのフィルターがかかり、読み手は故人の思い出のアルバムをめくるように少女の姿を見る。
また、最後にバスに轢かれる場面が繰り返されることで、微妙なユーモアが加わり、泣き笑いの結末が演出される。そして、哀しみと甘さのないまぜになった美しい余韻が残るのだ。このあたりは、作家の腕とセンスが冴える。
短篇作家としてのトルーマン・カポーティを、ぜひ、味わってほしい。
お勧めの本:
『誕生日の子どもたち』(トルーマン・カポーティ/村上春樹訳/文春文庫)
『カポーティ短篇集』
(トルーマン・カポーティ/河野一郎編訳/ちくま文庫)
『作家はどうやって小説を書くのか、じっくり聞いてみよう!(パリ・レヴュー・インタヴュー Ⅰ)』
(山南編訳/岩波書店)