2016年はアピチャッポン・イヤー
2010年に『プンミおじさんの森』で、タイ人監督として初めてカンヌ映画祭パルムドール(最高賞)を受賞したアピチャッポン・ウィーラセタクン。1970年バンコク生まれ。タイ東北部のコーンケン大学で建築を学んだあと、米国のシカゴ美術館附属シカゴ美術学校で美術・映画制作の修士課程を修了した。
これまで『ブリスフリー・ユアーズ』(02年)でカンヌの「ある視点賞」、『トロピカル・マラディ』(04年)で同「審査員賞」を受賞。いわゆる商業映画とは異なる〝個人的な映画〟としての作品を撮り続け、世界の注目を集めてきた。
さて、この『世紀の光』(06年/英語題はSyndromes and a Century)は、アピチャッポン・ムービーの中でもひときわ話題になったものでありながら、これまで日本では公開されていなかった幻の名作だ。2016年1月の東京を皮切りに、いよいよ全国で順次ロードショーが始まる。
アピチャッポンはインタビューの中で、
『ブリスフリー・ユアーズ』は映画についての映画で、私が映画をどう見ているかについての映画でした。『トロピカル・マラディ』は、より直接的にパーソナルな映画で、私についての映画でした。そして、『世紀の光』は私の両親についての映画です。
と語っている。
〝記憶〟に潜り込む二重構造の映画
アピチャッポンはシカゴ留学中にアンディ・ウォーホールらの実験的な映画に触れ、ヨーロッパ的な映画の概念とは異なる自分流の映画を撮り始めた。この『世紀の光』も、多分にそうした色合いの濃い作品だ。筋書きが進行していく映画ではなく、まるでアピチャッポンの記憶の内部に観客も一緒に潜っていくようなアーティスティックな映画である。
じつは前半と後半に分かれていて、前半は緑豊かな自然と太陽の光に溢れた地方の病院が舞台、後半は人工的な光に支配された近代的な白い病院が舞台となっている。
そのためか、前半は少し過去の話に、後半は現代の話にも見えるのだが、前半で登場した医師と患者をめぐるエピソードが、一部は同じ俳優のまま後半でも反復され、観る者を時空を超えたミステリアスな世界へと誘い込む。アピチャッポンの両親はともに医師で、彼自身も病院を遊び場として育ったそうだ。
生命は今の一瞬一瞬にしか存在せず、過去の私も未来のあなたも、どこにも存在しない。それでいながら、私たちはもっとスパンの長いものとして自他の生命の存在を認識している。きのうも、1年前も、10年前も自分は存在した。つまり私たちの実感する生命とは〝記憶〟なのである。
その記憶が刻まれているのは、いったい自分の深部なのか、それともこの世界の深部なのか。私たちはどこに居て、自分とは何で他者とは何なのか。スクリーンの前で、そういう思念を潜らせていく不思議な105分になるだろう。
なお、この映画では映像にも増して私たちの心に働きかけるのが音響である。担当したのはタイで活躍するサウンドクリエーター清水宏一。エンディングに響くのは、やはり日本のバンドNEIL&IRAIZAの楽曲である。
『世紀の光』(英語題:Syndromes and a Century)
2016年1月9日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー
『ブンミおじさんの森』でカンヌ映画祭パルムドール(最高賞)を受賞したアピチャッポン・ウィーラセタクン。その幻の傑作を劇場初公開!
同時開催<アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ2016>
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の旧作長編+アートプログラムを特集上映!製作・監督・脚本:アピチャッポン・ウィーラセタクン
撮影:サヨムプー・ムックディプローム
美術:エーカラット・ホームロー
録音:アクリットチャルーム・カンヤーナミット
編集・ポスト・プロダクション監修:リー・チャータメーティクン
音響デザイン:清水宏一、アクリットチャルーム・カンヤーナミット
挿入曲: 「Fez (Men Working)」 NEIL&IRAIZAキャスト:
ターイ先生 :ナンタラット・サワッディクン
ノーン先生 :ジャールチャイ・イアムアラーム
ヌム :ソーポン・プーカノック
ジェンおばさん :ジェーンジラー・ポンパット
サクダー(僧侶):サクダー・ケーオブアディ原題:แสงศตวรรษ(世紀の光)
2006年|タイ、フランス、オーストリア|105分|Dolby SRD| DCP|
字幕:寺尾次郎
字幕協力:吉岡憲彦
配給・宣伝:ムヴィオラ
宣伝協力:boid
© 2006 Kick the Machine Films