※このコラムには、2015年10月31日公開 映画『1001グラム ハカリしれない愛のこと』のストーリーなど内容についての記述があります。
ノルウェー国立計量研究所がロケに全面協力
主人公は〝理系女子〟である。
マリエはノルウェー国立計量研究所で働く科学者。生活や社会の基準となる「長さ」「重さ」の計測のエキスパートである。
一方、私生活には失敗し、夫と別居中。夫に大半の家具を持ち出された殺風景な部屋で暮らしている。
演じるのはノルウェーでも人気の高い女優アーネ・ダール・トルプ。心がこわばって、まるで感情が動かないように見えるマリエを、自分とは「全然違う人間」と言いつつ巧みに演じている。
さて物語では、研究所の重鎮であった父が倒れ、マリエが代理としてノルウェーの「キログラム原器」を持ってパリ郊外の国際度量衡局に持ち込むことになる。「キログラム原器」とは1889年にメートル条約に基づいてつくられた1キロの合金製のもの。質量が変化しないよう二重のガラスケースで覆われている。同年に最初の40個がつくられて各国に配られており、日本にはNo.6の原器が保管されているそうだ。
この映画の撮影には実際のノルウェー国立計量研究所やパリの国際度量衡局(BIPM)が協力していて、ふだんは余人のうかがい知れない〝計量の総本山〟がロケ現場となっている。
ベント・ハーメル監督は、たまたま聴いていたラジオでキログラム原器を管理している施設があることを知った。しかも、メキシコシティを訪ねた折に、ノルウェーの施設を作った建築家本人と出会う。そこからこの映画のアイデアが生まれた。
「人生で一番の重荷は背負うものがないこと」
映画の中には、ハーメル監督独特の「様式美」がふんだんに現れる。マリエの内面を象徴するように、彼女がノルウェーで乗っているのはいかにも北欧的なデザインの青い電気自動車。しかし、パリでマリエがパイという男性と出会い、図らずも人生が動き出していくと赤い車に変わる。
BIPMに各国の専門家が自国のキログラム原器を持ち寄って数十年に一度の行事がおこなわれるシーンでは、小雨に煙る木立の下を皆が縦一列に同じ水色の傘をさして歩く。この映画の中でもとりわけ印象的な場面だ。
脚本もハーメル監督が担当。「人生で一番の重荷は背負うものがないこと」「人生にカオスは必要だよ。基準は安心な答えに過ぎない。僕らが捜しているのは自分自身なんだ」等々、ミニマムで哲学的なセリフにも監督のこだわりが尽きない。
ところで、タイトルになっている「1001グラム」とは何だろうか。
病に倒れた父がやがて亡くなり、マリエは遺言どおり火葬する。ふと思いついて遺灰の重さを測ってみると一旦は1022グラムと表示されるのだが、不思議なことにそこから1グラムずつ表示が変わり、1001グラムで止まる。
これは米国の医師の実験結果として俗説になっている〝魂の重量は21グラム〟のメタファーである。ぴったり1000グラムにならないところに、人生の予測不可能さと、それゆえに生まれる不安と希望という、作品を貫くメッセージが見える。
さて、実際のBIPMまで登場して重要なアイテムとなるキログラム原器だが、まもなく1世紀余の歴史に幕を閉じることが決まっているそうだ。
たとえば長さの定義も、かつては子午線の長さの4000万分の1が1メートルとされ、重量と同じように国際メートル原器と呼ばれる合金製の棒が世界の基準になっていた。これが1960年には原子の波長を基準にしたものに変わり、さらに83年からは光速を基準にしたものになっている。
キログラム原器も、これまでの人工物によるのではなく、原子もしくは電磁波に依拠したものに変更されるとのことだ。
美しい画面の中で、美しい理系女子が運命に翻弄されつつも大人の恋を発見し、新しい自分を見出していく姿を、ぜひ楽しんでほしい。
『1001グラム ハカリしれない愛のこと』(原題:1001 Grams)
10月31日(土)より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開!2014年アカデミー賞外国語映画部門 ノルウェー代表作品
2014年・第27回東京国際映画祭コンペティション部門出品作品幸せの基準は誰のもの?
愛の重さは何グラム?
名匠ベント・ハーメルが見出す人間の可笑しみ。それは日常の小さな事柄を奇跡に変えること――。
監督/脚本/制作:ベント・ハーメル
出演:アーネ・ダール・トルプ、ロラン・ストッケル、スタイン・ヴィンゲ、ヒルデグン・リーセ2014年|ノルウェー=ドイツ=フランス|91分|PG12|
日本語字幕:稲田嵯裕里後援:ノルウェー王国大使館
協力:産業技術総合研究所 計量標準総合センター
配給:ロングライドBulBul Film, Pandora Film Produktion, Slot Machine © 2014