認知症に悩む家族の心がけ――「車」と「火事」にご用心

ジャーナリスト
柳原滋雄

薬の適正な服用が前提

 認知症対策で大切なことをまとめた用語として「くくかか」がある。テレビ番組で紹介しているのをたまたま見たのだが、このまとめ方は要を得ていると感心したものだ。
 具体的には、最初の「く」は薬の服用、もう1つの「く」は車の運転、さらに「か」は金の管理、もう1つの「か」は火事対策だ。
 認知症の疑いが生じて最初に訪れる場所はいうまでもなく病院である。「もの忘れ外来」や「神経内科」などを受診し、MRI検査などを行い、認知症の診断が下されれば、それに見合った薬が処方される。
 ただ、認知症患者は近い記憶ほど失う傾向が強い。薬の定期的な服用を行うことができにくい病気であるほか、服用したこと自体を忘れ、2度飲みすることすらしばしばある。その意味で、薬を適正に服用できる態勢が不可欠になる。
 最近は認知症の進行を遅らせる効果的な薬も出てきているので、薬の適正な服用は、本人にとっても、また親族などの関係者にとっても重要な問題といえよう。この問題は、薬の服用をきちんとチェックできる身近な家族がいれば大方は解決するものだが、一人暮らしの患者の場合などはそうもいかない。
 地方で母親が1人暮らしをしているTさんは、介護保険サービスを十二分に利用している。介護認定はまだ「要介護1」だが、毎日のように短時間の訪問看護を行ってもらい、薬をきちんと飲めたか、毎日確認してもらっているという。
「身近に家族がいない分、家族代わりとなって動いていただいています。介護保険がなかったらどうなったかと思うとぞっとします」
 それでもTさんの悩みは、しょっちゅう「訪問看護が毎日来るのがうっとうしい」との母親からの苦情の電話があることなのだという。
 2番目の「く」である車の運転は、交通機関の発達した大都会ではあまり関係ない問題かもしれない。ただし、車が主要な移動手段となっている地方在住者にとっては深刻な問題になる。
 買い物、病院への行き帰りなど、地方での日常生活に車は欠かせない。それまで普通に車を使っていた人が、徐々に進行する認知症を発症した場合、どこで車の運転を止めさせるかは、家族にとっても切実な「見切り」の問題になる。
 仮に患者本人が自損するような場合ならまだしも、罪のない子どもをひいたりすれば、賠償問題が大きくのしかかってくることは明らかだからだ。その賠償責任は、法律的には運転する人が認知症患者であることを知っている家族にも及んでくる。
その意味では認知症対策で他人にもっとも危害を与える恐れがあるのは、この車の問題と、後述する火事の問題といえる。
 Tさんの場合もこの点でおおいに苦労したという。母親の認知症の進行に伴い、あるとき行き慣れた道で迷って動けなくなったことを聞いたTさんは、親に車の運転を止めさせるために月に3回帰省したと語っていた。最初は車のキーを黙って持ち帰ったが、すぐにスペアキーで運転しているのが発覚。そこで「もう車の運転はだめ」と言ってスペアキーを取り上げると、次の日から毎日のように苦情の電話が入ってきたという。
「私は病気ではない。なぜ車を運転させないのか」
 ほとんどクレイマーの世界だったと語る。とうとうTさんはその月に3回目の帰省を果たし、知人が管理する別の場所に車体ごと隠してしまった。同時に地元のタクシー会社と交渉し、料金を月締めでまとめて支払う契約をしたという。支払いはTさんが行っている。
 母親が日常生活に困らないように配慮したものだが、タクシー会社と契約し、電話番号を書いた紙を家の中に貼っているにもかかわらず、母親の記憶には、そうした経緯自体が残っていない。「いまだに車を返せ、私の病気は治っている」との電話がしばしばかかってきて閉口すると漏らしていた。

金銭管理も代行する

 次の「か」のお金の管理も切実だ。貯金通帳や銀行カードの管理、さらに暗証番号すらしばしば思い出せなくなる。通帳を紛失して電話してくるのは日常茶飯事で、わざわざ銀行に付き添って再発行する手続きに嫌気がさしたのか、Tさんは銀行の通帳を預かってしまった。月に一度帰省するときに、現金を渡すように変えたという。
 最後の「か」は、火事を防止することだ。車の運転と同じく、このことは大事故につながりかけないので、慎重を要する。
 特に冬期に、灯油を使うストーブなどは厳禁だ。消し忘れなどで家一軒を失うならともかく、近所にも迷惑をかけたら、賠償問題で一生をふいにすることにもなりかねない。
「くくかか」は、認知症対策でもっとも心がけなければならない4つの要点だが、現代日本の40~50代世代は、こうした悩みを切実に抱えながら仕事をしている人が多いのも現実だ。

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やなぎはら・しげお●1965年生まれ、佐賀県出身。早稲田大学卒業後、編集プロダクション勤務、政党機関紙記者などを経て、1997年からフリーのジャーナリスト。東京都在住。柳原滋雄 公式サイト