教育分野で進む右傾化
4年ごとに行われる中学校の教科書採択が直近で行われたのは2011年。このときの採択は、新しい歴史教科書をつくる会(いわゆる「つくる会」)から分裂した育鵬社版の歴史・公民教科書を採用した地区が増えたことで知られる。
日本では公立学校の教科書は全国582の採択地区単位で採択されるが、育鵬社版の歴史・公民教科書をいずれも新たに採択したのは、東京都大田区、武蔵村山市、神奈川県藤沢市、広島県呉市、愛媛県四国中央市などで、育鵬社版教科書の採択率は、公・市立の合計で歴史3.8%、公民4.2%(「子どもと教科書全国ネット21」調査)だった。
当時はまだ民主党政権の時代だったが、育鵬社版が増加した背景には、自民党や保守系団体・日本会議が前面に出てのキャンペーンが存在した。
育鵬社版の歴史教科書では、先の太平洋戦争について、日本の戦争は「自存自衛」のためだったと教えており、侵略戦争であった事実を否定している。他社の教科書では、日本の戦争目的は侵略と資源の強奪であったことをはっきりと記述しているのに比べ、育鵬社版の歴史観は明らかに異なっている。
こうした教科書を国内で最大限に広めるようと運動していたのが、当時野に下っていた自民党の安倍晋三元首相を中心とする保守系政治家だった。沖縄県竹富町の教科書騒動はそうした背景のもとで起きている。
石垣市内の尖閣諸島の問題が脚光を浴び、石垣市に久しぶりの保守系の市長が誕生したことも伏線になった。八重山地域の採択は、石垣市、竹富町、与那国町の3市町で行われていたが、2011年夏の採択では、石垣市の教育長の主導により、中学生の公民教科書で育鵬社版が採択された(歴史教科書については採択されず)。
ところがその採択にあたって、石垣市の教育長が主導して規約を変更するなど、育鵬社版を採択するための工作を行っていたことが判明し、竹富町が東京書籍版の公民教科書を独自で採択する意志を示したことがきっかけとなった。
育鵬社版は領土についての記述が多い反面、東京書籍版は沖縄の基地問題にふれており、沖縄県の教科書としては東京書籍版がふさわしいというのが竹富町の言い分だった。同じ採択地区で教科書が一本化されないという「異例」の事態のため、その後、3市町の教育委員全員が集まり、採択し直したところ、こんどは東京書籍版が選ばれる結果となった。どんでん返しともいえる異例の事態に、当の文部科学省は、育鵬社版を採択した手続きのほうを「有効」と判断し、その後事態が紛糾することになった。
教科書採択を行政が行なうという日本の後進性
その後、竹富町は自主予算で東京書籍版を購入し、2012年4月分から生徒に配った。人数にすると、2012年・13年度の2年間で約50人ほど。竹富町は西表島を中心に、16の島からなる地方自治体で、島によっても環境は大きく異なっている。
民主党政権下では、竹富町の行動は黙認され、地元沖縄県を除いては大きな問題となることはなかった。
法律では、1つの採択地区で同じ教科書を使うという教科書無償措置法の規定がある一方、教科書を選ぶ権限をもつのは教育委員会であるとの地方教育行政法の規定もあって、矛盾する2つの法律が放置されてきた。
そのため竹富町は、同町の教育委員会で独自採択したので「有効」と主張してきた。
この問題が大きくクローズアップされるようになったのは、12年12月、第2次安倍内閣が発足してからだ。安倍首相が推すフジサンケイグループの育鵬社版の採択を拒絶した竹富町に対し、文部科学省として勧告する動きが出てきた。
結論として、この通常国会で教科書無償措置法が改正され、採択地区の単位が「市郡」から「市町村」に変更になったため、こうした矛盾は今後はなくなる見込みだ。
専門家によると、日本のように教育委員会という行政機関を単位として教科書を選んでいる国は世界でもまれで、多くの国では学校単位、あるいは現場の教師単位で選んでいる。
日本でも1997年から学校単位の教科書採択制度に向けて法整備を検討する閣議決定が繰り返されてきたが、実際にはそうした改革には手はつけられず、世界でも珍しい行政主導の教科書採択が続けられてきたのが現状だ。
沖縄・竹富町の教科書問題は、地元マスコミでも大きなテーマとなり、繰り返し報道されてきた。日本の戦争責任を否定しようとする勢力と、そうでない勢力との、教科書採択をめぐるせめぎ合いの中で起きた問題ともいえよう。
現在、集団的自衛権の行使容認問題で自民党と公明党の見解の相違が繰り返し報じられているが、その公明党の支持団体である創価学会が40年前、初めて図書贈呈運動を始めたとき、最初の贈呈先となったのは沖縄・竹富町にある、西表島の大原中学校だったことはあまり知られていない。その竹富町でこのような騒動が生じたことに無関心ではいられない。
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