『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第79回 正修止観章㊴

[3]「2. 広く解す」㊲

(9)十乗観法を明かす㉖

 ⑥破法遍(7)

 (4)従仮入空の破法遍⑥

 ④空観(4)

 今回は、十乗観法の第四「破法遍」の続きである。破法遍の段落のうち、前回は「広く破法遍を明かす」のなかの「竪の破法遍」・「従仮入空の破法遍」・「見仮従り空に入る観」について紹介した。「従仮入空」の「仮」には、見仮と思仮の二種があるので、「従仮入空の破法遍」の段は、「見仮従り空に入る観」、「思仮を体して空に入る」、「四門の料簡」の三段に分かれている。今回は、「思仮を体して空に入る」、「四門の料簡」について紹介する。

 ⑤思仮を体して空に入る

 「思仮を体して空に入る」段は、さらに「思仮を明かす」、「体観を明かす」、「其の位を明かす(思仮を破[体]して空に入る位を明かす)」の三段に分かれる。順に紹介する。
 「思仮を明かす」段については、『摩訶止観』巻第六上に、

 思仮とは、貪・瞋・癡・慢を謂う。此れを鈍使と名づけ、亦た正三毒と名づく。三界に歴(へ)て十と為す。又た、三界に凡(およ)そ九地あるに約するに、地地に九品有れば、合して八十一品あり、皆な能く業を潤し、三界の生を受く。(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅲ)、近刊、頁未定。以下同じ。大正46、70上7~10 )

とある。思仮とは、貪(貪り)・瞋(怒り)・癡(愚かさ)・慢(人を侮ること)であり、これを鈍使(鈍い煩悩)と名づける。これはさまざまな見(誤った見解)が利使と呼ばれることと対となる呼び名である。この四つを正三毒(三毒そのもの)と名づけるのは、慢を癡に包摂するからである。欲界・色界・無色界の三界を経歴して十と数えるが、欲界には貪・瞋・癡・慢の四、色界には貪・癡・慢の三、無色界には貪・癡・慢の三があるので、合わせて十となるからである。また、欲界を一地とし、色界の四禅天(初禅・二禅・三禅・四禅)を四地とし、無色界の四無辺処(空無辺処・識無辺処・無所有処・非想非非想処。四空処ともいう)を四地とするので、合わせて九地となる。さらに、一々の地に九品[等級]があるので、思仮には合わせて八十一品があるとされる。
 思仮は、思惟惑と名づけられることがあるが、その理由について、「思惟と称するは、解に従って名を得。初めに真を観ずること浅ければ、猶お事障有り。後に真を重慮(じゅうりょ)して、此の惑は即ち除く。故に思惟の惑と名づくるなり」(同前、70上14~16)と述べられている。つまり、思惟惑は、理解にしたがって名づけられたものであり、初めに真(空)を観察することが浅いので、やはり事障(身などの具体的な事物に関する障害)があり、後に真(空)を重ねて思惟して、その思惟によって思惟の惑がすぐに除かれるので、思惟の惑と名づけるというものである。「重慮」という表現が思惟と関係づけられている。
 次に、「体観を明かす」段については、空には析空観と体空観(体観とも表現する)の二種がある。ここでは、体空観について、「無生滅門は、初めに見を体するを用て空に入り、後に還(かえ)って思を体するを用て重慮す、更に余途ならざるなり。今、貪欲の仮を体して空に入るとは、欲惑の九品、一一の品起こるに、即ち三仮有り」(同前、70上26~29)と述べている。無生滅門は、生滅門に対するもので、最初に見惑を体得することによって空に入り、後に逆に思惑を体得することによって重ねて思惟する。今、貪欲の仮を体得して空に入るとは、欲界の思惑の九品について、一々の品が起こる場合、因成仮・相続仮・相待仮の三仮があり、仮は虚妄不実であるから道理としないと指摘している。
 この段では、欲界の思仮、色界の四禅天の思仮、無色界の四無辺処の思仮、あわせて八十一品ある思仮を破ることが詳しく説かれているが、説明は省略する。
 次に、「思仮を破して空に入る位を明かす」段については、「三蔵の思を破する位」、「通が家(や)の体思の三乗共位」、「別の名を通が家の共位に名づく」、「別の名を借りて通が家の菩薩の位に名づく」の四段に分かれている。
 第一段では、蔵教の四向四果(須陀洹向・須陀洹果・斯陀含向・斯陀含果・阿那含向・阿那含果・阿羅漢向・阿羅漢果)の位について説明している。第二段では、乾慧地・性地・八人地・見地・薄地・離欲地・已辦地・支仏地・菩薩地・仏地の通教の共の十地について説明している。第三段では、別教の位(十信・十住・十行・十廻向・十地)、とくに不共の十地である歓喜地・離垢地・明地・焔慧地・難勝地・現前地・遠行地・不動地・善慧地・法雲地を、通教の共の十地と対応させて説明している。第四段では、別教の位を通教の菩薩の位に対応させて説明している。
 その後、いくつかの問答を展開しているが、説明を省略する。

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かんの・ひろし●1952年、福島県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学院博士課程単位取得退学。博士(文学、東京大学)。創価大学大学院教授、公益財団法人東洋哲学研究所副所長。専門は仏教学、中国仏教思想。主な著書に『中国法華思想の研究』(春秋社)、『法華経入門』(岩波書店)、『南北朝・隋代の中国仏教思想研究』(大蔵出版)、『中国仏教の経典解釈と思想研究』(法藏館)など。