【道場拝見】第9回 喜舎場塾田島道場(松林流)〈上〉

ジャーナリスト
柳原滋雄

松林流から〝進化〟した会派

 松林流の喜舎場塾といえば、私の知る限り、沖縄の空手流派の中では最も研究熱心なグループ(会派)の一つとして位置づけられる。
「沖縄空手道松林流喜舎場塾」は、戦後の沖縄空手界を牽引した長嶺将真(ながみね・しょうしん 1907-97)のもとで三羽烏と謳われた弟子の一人、喜舎場朝啓(きしゃば・ちょうけい 1929-2000)を始祖とする会派で、独特の腰使いなどを特徴としてきた。同塾の2代目となる新里勝彦(しんざと・かつひこ 1939-)塾長は名の知られた存在だが、〝弟弟子〟にあたるのが現在、三原道場(三原公民館、水・土19時~)を運営する道場主の田島一雄・教士8段(1947-)である。
 三原道場での稽古を2度ほど見学し、技法の概要や流派の思い出を取材した。

田島氏が横になり、相手が馬乗りになった状態。武術上の構造体をつくれば相手を難なく吹き飛ばせる

 松林流は首里手・泊手の双方を受け継ぐ流派で、長嶺将真が自身で考案した普及型Ⅰをはじめ、ピンアン5種のほか、泊パッサイ、ローハイ、王冠(ワンカン)などの型を受け継ぐ。稽古の中でこれらの型を行うことはもちろんだが、一般の松林流の動き方とはかなり異なる。型の使い方の概念が違うからだ。
 喜舎場塾の稽古では、対面の検証作業(=実験)を重視している点も大きな特徴だ。私が取材した際は、最初に田島氏が横になって上に相手に乗ってもらい、相手をどのように跳ね返すかという〝検証〟から始まった。
 多くの検証と共通するが、一般人が考えるような「筋力」を使って相手を取り除こうとすると例外なく失敗する。筋力対筋力では、腕力の強いほうが勝つという結果にしかならないからだ。
 だがこの日、田島氏は難なく相手を弾き飛ばした。言葉で説明すると、「仙骨を意識したまま、自分の中の中心に軸を作って動かすと、相手は自然と飛ばされる」ということだ。仙骨とは骨盤内の中心にある逆三角形の骨のことである。

腰の中の軸を考えると、仙骨しかないということに気づきました。仙骨でバランスを取ると、体幹上、人間の体が強くなることを発見しました

 この境地にたどり着いたのは40代後半。腰を痛めて体の動きを研究している最中のことだったという。田島道場では、この「仙骨技法」と「軸」という概念が重要なキーワードとなる。もちろん、喜舎場塾の新里塾長による「脱力技法」(〝抜き〟の技術)と「重心の垂直落下」の技法を踏まえた上での、自分なりの考えを加えた技法という。
 稽古の中では仙骨を意識する〝イメージ〟を大事にする。もちろん普通の人には仙骨がどこにあるかも最初は自覚できているわけではない。尾てい骨などと結合している先端に近い骨なのだが、そこを脳裏でイメージしながら技を行うことが大事なのだという。田島氏はこの仙骨が構造上不可欠の〝出力源〟になるという意味で「第1ギア」と名付けた。
 人間の祖先がまだ四本脚で歩行していたころ、前足部分の名残である両手と肩甲骨も「第1ギア」と同じく〝駆動する場所〟だった。そのため肩と肩を結んだ背面の中心部分を「第2仙骨」と名付け、「第1ギア」に準じて「第2ギア」と呼んでいる。
 この「第2ギア」を「第1ギア」に落とし込むイメージが大事なのだという。これだけの説明では、読者にはちんぷんかんぷんかもしれない。

体感なしの理解が難しい「イメージ操法」

女性が重量級の男性に手首を掴まれた状態(上)⇒骨格上の構造をきちんと作れば女性でも飛ばすことができる(下)

 流派によってさまざまな技法が存在し、言葉の定義も異なる。「第1ギア」「第2ギア」の用語は、田島氏のオリジナルという。
 稽古のときに強調されたことは「肩から出る力はすべてダメ(=弱い力しか出ない)」で、腰(第1ギア)と肩(第2ギア)を連動させて中心軸が立った状態のとき、思いもしない力を発揮できるのだという。
 わかりやすくいうと、腕力の弱い女性が100キロ級の男性に手首を掴まれたとしても、原則通りの動きをすれば、女性が男性を吹き飛ばすことができるという。実際に目の前で検証してもらうと、そのような現象が〝現出〟した(写真参照)。
 これらの原理にはほぼすべて共通したものがあるという。例えば一般人が日常動作の中で行っている動きを見ると、肩を支点として筋力で動かそうとしてしまうのが通例だ。スポーツ空手における発現作用はほぼこれに尽きる。だが武術空手では筋力をほとんど使わない。使うのは「骨格上の線」という概念であり、強化された構造体そのものを活用する手法だからだ。
 そのことを検証するための稽古方法はさまざま存在し、喜舎場塾の稽古ではそれらの検証に一定の時間を費やす。

ナイハンチの通常の高さで鉤突きを検証

 例えば首里手や泊手の流派ならどこでも行う基本型ナイハンチの鉤(かぎ)突きの構えで相手に拳を押さえてもらい、それを飛ばせるかどうかを検証する。
 しかもここでは上中下の3通りの高さに変えて行う。第1段階は手の甲を下にした形で低めの高さで〝下突き〟をする。
 第2段階はナイハンチの型と同じ通常の高さで、型どおり手の甲を上に向けて行う。
 難易度が高いのは第3段階で、脇を空けた状態で上段に鉤突きを構える。

鉤突きを上段で構えた場合(左)⇒相手は思った以上に飛ぶ(右)

 いずれも「力対力」、つまり「筋力対筋力」では、力の強いほうが勝つという単純な結果しか生まれない。ところが田島氏が指導するように、仙骨(第1ギア)を意識し、第2ギアをそこに落とし込んだ(つまり上体に明確な〝縦軸〟が形成された)状態でポンと突くと、相手は思った以上に飛ばされるという現象が生まれる。
 喜舎場塾および田島道場は、こうした技法を最大限取り入れた、沖縄空手の中でも珍しい会派といえる。(文中敬称略)
 
 
 
※沖縄現地の空手道場を、武術的要素を加味して随時紹介していきます。
 
シリーズ【沖縄伝統空手のいま 道場拝見】:
①沖縄空手の名門道場 究道館(小林流)〈上〉 〈下〉
②戦い続ける実践者 沖拳会(沖縄拳法)〈上〉 〈中〉 〈下〉
③沖縄空手の名門道場 明武舘(剛柔流)〈上〉 〈下〉
④上地流宗家道場(普天間修武館)
喜舎場塾田島道場(松林流)〈上〉 〈中〉 〈下〉
 
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やなぎはら・しげお●1965年生まれ、佐賀県出身。早稲田大学卒業後、編集プロダクション勤務、政党機関紙記者などを経て、1997年からフリーのジャーナリスト。東京都在住。