書評『もし君が君を信じられなくなっても』――不登校生徒が集まる音楽学校

ライター
本房 歩

増加傾向にある「不登校」児童・生徒

 本書は、福岡市の音楽学校「C&S音楽学院」創立者・毛利直之と、西日本新聞の記者として同校の在校生や卒業生たちを取材してきた首藤厚之の共著である。
 最初に触れておくと、「C&S音楽学院」はプロのミュージシャンなど多彩な人材を輩出してきた音楽の専門学校である。しかし、それ以上に今や同校は、数多くの「不登校生徒」だった子どもたちを蘇生させてきた学校として知られている。
 その教育理念と長年の実践、傑出した成果は、平和学の国際会議でも取り上げられ、アイルランドの高校などとも交流してきた。

 文部科学省の発表によると、2023年度の学校長期欠席いわゆる「不登校」の児童・生徒数は、小中学校で34万6482人。前年度から4万7434人(約16%)増加した。高等学校における不登校生徒数は6万8770人で、前年度から8195人(13.5%)増となっている。
 加えて、高等学校の中途退学者数は4万6238人。こちらも一旦は減少傾向にあったが2020年を境に再び増加に転じている。

 理由はさまざまで「学校生活にやる気が出ない」「不安・抑うつ」「生活リズムの不調」「いじめ」など。いずれにしても、小中高を合わせると45万人もの子どもたちが学校教育になじめず、実質的にドロップアウト(離脱)しているのである。
 小中高の時期は心身のバランスが取りづらい。「起立性調節障害」という学童・思春期に多い症例も、以前は疾病という認識がなく、単に〝怠けている〟〝だらしがない〟と見なされていた。

 いずれにしても、少子化で子どもたちの数が減っているにもかかわらず「不登校」の児童・生徒数が増え続けているのである。
 これはもはや子どもの側の問題などではなく、100年以上前の明治期に造られた学校制度に子どもたちを一律に合わせ、皆と同じように振るまえる人間を育てようとする発想そのものの限界を示しているのではないだろうか。
 片や「人生100年時代」と言われ、リスキリングなど生涯を通じた学習の必要性が叫ばれている。むしろ、個人差の大きい人生の初期において、子どもたちの個々の状況に応じた多様で柔軟な教育の場があってしかるべきだと思う。

集まってきたのは不登校生徒

 福岡市に2001年に開校した「C&S音楽学校」は、プロのミュージシャンを育てる本格的な音楽教育の専門学校として誕生した。創立したのは、本書の著者の1人である毛利直之。
 毛利自身も大学卒業後、外資系保険会社でサラリーマンとして日本一の営業成績を出しながら、夢を捨てきれず25歳で会社を辞めてミュージシャンに転身した。しかし、30歳で上京してプロを目指したものの挫折する。
 音楽の素晴らしさと同時にプロへの道の厳しさを誰よりも知っていた毛利は、あるプロダクションから音楽学校の設立への協力を依頼されて引き受けた。

 ところが、いざ開校してみると、予想外のことが起きた。入学してきた生徒の多くはミュージシャンを目指しているわけでもなく、むしろ不登校などを繰り返して既存の学校生活に適合できない子どもたちだったのだ。
 発達障害、いじめ、ひきこもり、親や教師との衝突。個々の抱えている事情はまちまちだった。

 毛利は、そうした子どもたち1人1人と手探りで、しかし真剣に向かい合っていく。一筋縄ではいかない生徒ばかりだった。それでも「大人」に対して心を閉ざしていた彼ら彼女らが、少しずつ変わっていく。
 今までの学校では、人と違うことをすれば非難やいじめの標的になった。しかし、この学校では「もっと自分の個性を出せ」と言われ、それをステージで表現させてくれる。
 一方、開校後ほどなく、母体のプロダクションが倒産。毛利は自分が銀行から借り入れをして、学校の経営を引き継いだ。

 開校3年目に入学してきた1人の少女は、入学式の翌日、登校することができなかった。次の日は何とか登校できたが、授業に出ることができなかった。
 それでも、少しずつ少しずつ学校に馴染んでいけた。支えてくれたのは「音楽が好き」という気持ちだった。
 ある日、講師たちの前で歌声を披露する。毛利はその声を聞きながら「歌うために生まれてきた子がいる」と感嘆した。

 卒業式を前に彼女は「5年後には、自分の本当の声で歌えるようになっていたい」と毛利にささやかな希望を話したという。
 彼女が「C&S」を卒業して4カ月が経った2006年7月、スタジオジブリ制作のアニメ映画『ゲド戦記』が公開される。たぐいまれな声で主題歌「テルーの唄」を歌った手嶌葵こそ、この卒業した少女だった。

「幸福とは困難のない人生ではない」

 本書の第2章で毛利は、「C&S」で関わってきたさまざまな子どもたちの事例を挙げながら、〈「いじめ」に遭ったとき〉〈子どもが「学校を辞める」と言ったとき〉〈「死にたい」と思ったとき〉〈親の役割について〉〈「社会性」を養いたいとき〉等々、子どもや親の目線に沿って助言を綴っている。

 そこに紹介されている個別の具体例は、あくまでそれぞれの親と子が経験してきた話であり、もちろん誰もが同じようにすればいいというものではない。それでも、それぞれの子どもが何につまずき、どのように苦しみ、親の対応の何が功を奏し、何が事態を悪化させたかを知ることは、同じような悩みを抱える家族や当事者にとって大きなヒントになるはずだ。
 なによりも、人はこれほど深い苦悩の底からでも蘇生していくことができるのかという希望と、生きづらさと才能や魅力は意外にも近い場所にあるのだということに、励まされるのではないだろうか。

「C&S音楽学院」はプロのミュージシャンを目指す学校だが、もちろん誰もが簡単にプロになれるような甘い世界ではない。
 だからこそ、毛利は音楽だけでなく、きちんと高校卒業資格が取れる学校にして、子どもたちが現実の人生で多様な選択肢を見つけられるようにした。
 実際、この学校を卒業して税理士や教員になった子どもたちもいる。プロを目指す本気レベルの授業に触れることで、子どもたちは枯れかかっていた生命に生気を取り戻し、自分を信じる手ごたえを感じていったのだ。

 もう1人の著者である首藤は、2013年に西日本新聞の記者として「C&S」の卒業生を中心とした「詞を紡ぐ」という連載記事を担当した。現在は出版業務に従事する。
 2023年春、首藤の友人の息子が同校に入学した。この少年は通っていた公立高校で不登校になり、部屋に引きこもり、自殺未遂を繰り返し、精神科の閉鎖病棟にも入院していた。
 家族そのものが壊れてしまいそうな危機のなかで、なんとか「C&S」への入学にたどりつく。

 本書の第3章は、「定点観測」というタイトルで、首藤が少年の新しい学校生活と、そこで生じた1年間の変化をルポしたものだ。どこまでも客観的な事実に即したジャーナリスティックな目線で、1人の少年が文字どおりの〝死の淵〟から生き生きと蘇生していく経過が綴られている。

 今や4年制大学を卒業して企業に就職した若者の3分の1が、3年以内にその職場を辞めている。こうした現実を踏まえて毛利は、「うまくいっている人生とは困難がないのではなく、困難を乗り越えているのだ」と訴える。
 人が生きていくことは、常に大小の困難の連続といってもいい。そうであるならば、教育の目的とは、困難を乗り越える力を子ども自身が育むことだと毛利は言い切る。
 もし近くに「不登校」に直面している人がいたならば、ぜひ手に取ってほしい一冊である。

『もし君が君を信じられなくなっても 不登校生徒が集まる音楽学校』

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