第66回 正修止観章㉖
［３］「2. 広く解す」㉔
（９）十乗観法を明かす⑬
③不可思議境とは何か（11）
（8）略して自他事理を結し以て三諦を成ず
この段には、三世間、十法界、十如是を経歴して、妙境である三諦の様相を明らかにしている。冒頭に、
若し一心一切心・一切心一心・非一非一切、一陰一切陰・一切陰一陰・非一非一切、一入一切入・一切入一入・非一非一切、一界一切界・一切界一界・非一非一切、一衆生一切衆生・一切衆生一衆生・非一非一切、一国土一切国土・一切国土一国土・非一非一切、一相一切相・一切相一相・非一非一切、乃至、一究竟一切究竟・一切究竟一究竟・非一非一切を解せば、遍く一切に歴て、皆な是れ不可思議境なり。若し法性と無明は合わせて一切法の陰・界・入等有らば、即ち是れ俗諦なり。一切の界・入は是れ一法界ならば、即ち是れ真諦なり。非一非一切は即ち是れ中道第一義諦なり。是の如く遍く一切の法に歴ば、不思議の三諦に非ざること無し、云云。（第三文明選書『摩訶止観』（Ⅱ）、592頁）
と述べている。「一心一切心・一切心一心・非一非一切」は、一心が一切心であり、一切心が一心であり、一でもなく一切でもないという意味である。すなわち、一と一切という相対概念を超越していることを意味する。「心」以下、陰・入・界・衆生・国土・相（十如是の第一）・究竟について同じ論理が適用されているが、ここの論理は、一A＝一切A、一切A＝一A、非一非一切である（Aのところに上記のさまざまな概念が入る）。『輔行』巻第五之三に、「三諦を結成す」（大正46、298下25）とあるのによれば、一A＝一切Aが俗諦、一切A＝一Aが真諦、非一非一切が中諦に相当すると思われる。このように一切法をくまなく経歴すれば、すべて不思議の三諦であるといわれる。
さらに、
若し一法は一切法ならば、即ち是れ「因縁もて生ずる所の法は、是れ仮名と為す」にして、仮観なり。若し一切法は即ち一法ならば、「我れは即ち是れ空なりと説く」にして、空観なり。若し非一非一切ならば、即ち是れ中道観なり。一空は一切空にして、仮・中として空ならざる無く、総（すべ）て空観なり。一仮は一切仮にして、空・中として仮ならざること無く、総て仮観なり。一中は一切中にして、空・仮として中ならざる無く、総て中観なり。即ち『中論』に説く所の不可思議の一心三観なり。（『摩訶止観』（Ⅱ）、592頁）
と述べている。一法＝一切法は、『中論』三諦偈の「因縁もて生ずる所の法は、是れ仮名と為す」に相当して仮観といわれる。一切法＝一法は、「我れは即ち是れ空なりと説く」に相当して空観といわれる。非一非一切は中道観といわれる。そして、結論として不可思議の一心三観といっている。
さらに、次下の文では、引用は省略するが、一法＝一切法を意味する「因縁もて生ずる所の一切法」は方便随情の道種権智（権智である道種智）であり、一切法＝一法を意味する「我れは即ち是れ空なりと説く」は随智の一切智であり、非一非一切を意味する「亦た中道義と名づく」は非権非実の一切種智であると示されている。このことは、上に示された表現法を借りれば、一権一切権、一実一切実、一切非権非実となる。つまり、上の「道種権智」の権と、「一切智」の実、「一切種智」の非権非実を指している。これが不思議の三智といわれるのである。
さらに、随情の場合は随他意語、随智の場合は随自意語、非権非実の場合は非自非他意語であると述べている。また、漸・頓・不定の不思議の教門について説いているが、説明は省略する。
最後に、この段の結論として、次のように述べている。不思議の三諦、三観、三智などのように名称はさまざまに異なっているが、意味は同じであると述べている。修行者に対して軌範となっている場合は、三法（真性軌、観照軌、資成軌の三軌）と呼び、照らされるものを真諦・俗諦・中諦の三諦とし、生じるものを空観・仮観・中観の三観とし、観が成就すると一切智・道種智・一切種智の三智となり、他に教える場合は三語（随他意語、随自意語、非自非他意語）と呼び、根本に帰着する場合は三趣（※１）（「一切法は心に趣き、是の趣をば過ぎず」［俗諦に相当］、「心すら尚お不可得なり」［真諦に相当］、「云何んが当に趣・非趣有るべけん」［中諦に相当］）としている。
この意味を理解して一切にあてはめれば、すべて法門を完成するのであり、種々の味があり、煩瑣であることを嫌ってはいけないと戒めている。
（注釈）
※１ 『大品般若経』巻第十五、知識品、「一切法は色を趣とし、是の趣をば過ぎず。何を以ての故に。色は畢竟不可得なり。云何んが当に趣・非趣有るべきや」（大正8、333中12～14）を参照。『大品般若経』の当該箇所には、引用文の「色」のところにさまざまな概念を当てはめた表現が頻出する。本書の「心」を当てはめたものは見られないが、この『大品般若経』の論理を本書では「心」に当てはめているのである。
（連載）『摩訶止観』入門：
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