19世紀末につくられた自転車の原型
自転車の起源には諸説あるようだ。ただ、空気入りのタイヤを装着し、ペダルを踏んでチェーンで駆動する現在の原型が作られたのは、19世紀も末のヨーロッパのことらしい。当時、自転車に乗るのが、どういうことだったのか、1898年に発表されたチェーホフの短篇『箱に入った男』は、その雰囲気を伝える。
中学校教師の主人公の男が外を歩いていたら、同僚が自転車でやって来た。後ろからは姉(主人公の恋人)が、やはり自転車を飛ばして来た。2人の姿に主人公は立ちすくむ。「中学校教師や女性が、自転車を乗りまわしたりしていいものだろうか」。
主人公は同僚に注意する。「ろくなことにはなりませんぞ!」。同僚は反論。「僕らきょうだいが自転車に乗ったからって、誰に迷惑がかかるってんだ!」。彼らは、この口論をきっかけに訣別してしまった。
自転車の事故を防ぐためには
チェーホフの短篇から100年以上が経って、自転車は生活の必需品になっている。2005年の統計によれば、日本人の自転車の保有率は1.5人に1台。これは先進国の中でも上位を占める。それだけに自転車を巡る問題も少なくない。とりわけ近年、深刻なのは事故だ。
警察庁の調べでは、2011年の交通事故のうち、自転車が関係しているのは20.8%。しかも05年以降、交通事故の件数は減っているが、自転車事故は増えている。そして死傷者の40.4%が24歳以下の子どもや若者だ。危険運転が多い若年層の自転車事故の防止は、いまや日本の社会全体で考えなければならない課題である。
事故を防止するには、まず、交通ルールを守ることだ。
警察庁は、「自転車安全利用5則」の徹底を呼びかけている。
【自転車安全利用5則】
①自転車は、車道が原則、歩道は例外。
②車道は左側を通行。
③歩道は歩行者優先で、車道寄りを徐行。
④安全ルールを守る。
☆飲酒運転、2人乗り、並進の禁止。
☆夜間のライト点灯。
☆交差点では信号を遵守し、一時停止、安全確認も。
⑤子どもはヘルメットを着用。
交通ルールの遵守は、自らの被害ばかりか、人への加害を防ぐことでもある。若者に見受けられる携帯やヘッドホン・ステレオを利用しながらの運転も厳に戒めたい。学校などでの安全教育の充実が望まれる。
また、自転車に乗るうえで考えたいのは損害保険だ。自転車と歩行者の事故で、裁判の際、自転車側への高額な賠償を命じる判決が増えている(5000万円を超える例も)。しかし自転車には、自賠責のような強制保険はない。まさかの備えとして、任意の、個人賠償責任保険や傷害保険などがあることも知っておきたい。
自転車は、場合によって自分や人を傷つける凶器にもなりうるものだ。扱い方を間違えれば、チェーホフの主人公の杞憂を笑えなくなる。
<月刊誌『灯台』2012年9月号より転載>