本の楽園 第188回 制服なんて大嫌いだ

作家
村上政彦

 このあいだ衣替えをしていた妻が、いきなり仕事部屋のドアを開けて、いらない服はすてます、といった。ちょっと待ってよ。置いてあるんだから、全部いるでしょ。でもさ、もう5年も着てない服があるわよ。それだけ着なかったら、もう、いらないでしょ。
 5年のあいだ着ていない服は捨てる――これは妻が実行している5年ルールらしい。結婚して30年以上になるけれど、初めて知った。彼女はそうして持ち物を整理しているのだ。
 でも、5年のあいだ着ていなくても、突然に着ようとおもうことだってあるかもしれない。そんなこといってるから、どんどん服が溜まっちゃうのよ。じゃ、自分でやってね。その日から僕は捨てられない人の烙印を押された。
 確かに妻のいうことも一理はある。仕事部屋を見ても、僕は書類がなかなか捨てられない。本は増えてゆくばかり。いつか、資料として使うかもしれない、とおもうからだ。やはり僕は、捨てられない人なのか。
 そんなことを考えながら本屋をぶらぶらパトロールしていたら、『一年3セットの服で生きる』という本を見つけた。
 僕はファッションには、あまりお金をかけないようにしている。ただ、上質なものを買って長く着ることを心掛けている。いまも冬になったら着るブルックスのツィードジャケットは、30年は愛用している。
 ひとつには気に入っているからで、もうひとつは長持ちするからだ。アップルのスティーブ・ジョブズが、服を選ぶ時間がもったいないから、いつも同じ服を着ていたというのは有名な話だ。けれど、僕は外出するとき、何を着るか選ぶのも、楽しみのうちだとおもう。
 もっとも、急いでいるときや、仕事が立て込んでいるときは、それが面倒になることもしばしばだ。そういうとき、決まったコーディネートがあれば、便利だろう。しかし、ほんとうに一年を3セットの服で過ごせるのか?
 いぶかしみながらページを開いてみたら、日常的に着る服を制服化しよう、という提案だった。僕は本を閉じかけた。制服は大嫌いだからだ。身につけているものも当人の個性の一部なのに、制服はそれを画一化する。なんとも押しつけがましいファッションだ。
 すると、

毎日気に入った服だから気持ちいい

という小見出しが眼についた。閉じかけていたページをめくる――毎日同じ服だと居心地が悪いかもしれない。

そんなときはまず「自分に一番似合うと思う色やアイテム」でシンプルな1セットを作ってみましょう

できるだけ上品で上質でシンプルなもの

 僕はブルックスのツィードジャケットを思い浮かべた。

私は毎日「自分で選び抜いたとても気に入っている服」を着ています。少しでも気に入らなかった服や、自分のライフスタイルに合わなかった服は潔く手放すようにしています。バリエーションをたくさん持たなくても、着回しがたくさんできなくても心からのお気に入りに囲まれると、とても気持ちがいいものです

 どうしたら、そうなるの?

季節の始まりである3月1日、6月1日、9月1日、11月1日には着なくなった服を手放す「断服式」をするのがおすすめです

 ふーん、断捨離みたいなものか。で、着る服はどうやって決めるのか? 「着ないものリスト」をつくる。そして、

「心から最高! と思える、自分を表現できる服」を探しにいきましょう!

 それはどうやって選ぶのか?

ファッションの〝トリセツ〟を作ろう!

ブランディング なりたい姿を表現する! こんな人生を生きたい! と、演出したい自分像を表現すること

キャラクター 好きなものを身につける! 自分の好み、性格、考え方に合っていること

外見との調和 似合うもので魅力を引き出す! 一番自分をきれいに見せてくれるシルエット、デザイン、色を着ること

トレンド 旬を生きる! 時代の大きな流れを理解し、継続的にアップデートしていくこと

TPO 信頼感がある人になる! 季節、行く場所、会う人、状況や目的に合っていること

機能 心地よく過ごす! 自分が快適に心地よく身につけられる服であること

 これを勘案して、

「自分だけ」のバランスを整えて制服化!

 次の章の見出しは、「アイテムはひとつひとつを選び抜く」か。なかなかこれは奥が深いぞ、と結局、レジに向かう僕だった。

オススメの本:
『一年3セットの服で生きる 「制服化」という最高の方法』(あきやあさみ著/幻冬舎)


むらかみ・まさひこ●作家。業界紙記者、学習塾経営などを経て、1987年、「純愛」で福武書店(現ベネッセ)主催・海燕新人文学賞を受賞し、作家生活に入る。日本文芸家協会会員。日本ペンクラブ会員。「ドライヴしない?」で1990年下半期、「ナイスボール」で1991年上半期、「青空」で同年下半期、「量子のベルカント」で1992年上半期、「分界線」で1993年上半期と、5回芥川賞候補となる。他の作品に、『台湾聖母』(コールサック社)、『トキオ・ウイルス』(ハルキ文庫)、『「君が代少年」を探して――台湾人と日本語教育』(平凡社新書)、『ハンスの林檎』(潮出版社)、コミック脚本『笑顔の挑戦』『愛が聴こえる』(第三文明社)など。