もう一つの究道館道場
土曜日の午前、タイミングよく那覇市役所そばの泉崎道場の稽古を取材することができた。比嘉稔館長夫妻が住むビルの3階が道場スペース兼夫人の琉球舞踊の稽古場となっている。ここには茶帯の中学生も多く参加していた。この日もイギリスから来訪中の8人が稽古にやってきた。
壺屋の本部道場よりやや狭い。3面に鏡が張られており、道場生が1人1人に「おはようございます」と頭を下げてあいさつする光景が見られた。
「整列お願いします」
昨日と同じく比嘉康雄7段の掛け声で稽古が始まる。前日、比嘉稔館長はやや体調を崩し、パイプ椅子に座りながらの指導だった。
最初に準備体操を行う。拳立て伏せ(拳を握ったままでの腕立て伏せ)も行った。
「スリーライン(3列で)」
基本稽古が始まる。稔館長はやおら立ち上がり、五寸突きの説明を始める。五寸突きは大きな動作ではなく、極めて小さな動作で突きを放つが、見かけよりずっと大きな威力をもたらす。
「ティージクン」
「腰で動かす」
帰国が迫っているイギリスの門下たちに要諦を教えようとする館長の姿に映った。
この日の正拳突きは20人で3巡(600本)。さらに「連続突き」「3パンチ」「五寸突き」などを行い、つづけて受け各種。
加えて四股(しこ)立ちになっての受けのバリエーション。上段受けと下段払いを一挙動で行う動作などの「受け+受け」の動きのほか、中段外払いからの五寸突きなど「受け+突き」の動作など。
各自が鏡に写る自分の姿を見ながら、フォームを真剣に確認しながら反復していた。
開始から30分ほどで蹴りの時間へ。前蹴上げ、膝蹴り、直蹴り(=前蹴り)、両手を自由にした状態での前蹴りまで。
それが終わると、基本動作1と2を行う。基本稽古2は、極真空手の移動稽古にも似ていた。極真の1980年ごろの支部道場の練習風景を記憶しているが、基本稽古を延々と繰り返すさまが究道館の稽古風景と重なった。
事実、比嘉佑直は極真空手創始者の大山倍達(おおやま・ますたつ 1921-1994)とも親交があった。比嘉が東京の目白のダンス教室の大山道場を訪問した際のエピソードが前出の『拳豪 比嘉佑直物語』に紹介されている。
このとき比嘉が大山に名刺を渡すと、大山は名刺の持ち合わせがなく、「自分の鋼鉄の様に鍛え抜かれた筋肉隆々とした上半身写真を名刺代わりに差し出した」とある。
大山倍達から渡された若き日の写真は、比嘉稔館長から知己の極真会館沖縄県支部の七戸康博師範(しちのへ・やすひろ)に寄贈され、いまでは極真会館に置かれている。
カキエーにこうじる門下生たち
「汗拭いてください」
基本動作が終わると師範が声を発した。
「(今日は)少しだけカキエー(※1)しましょうね」
日頃顔を合わすことのないイギリスメンバーと日本人メンバーが入り混じり、1対1のペアをつくる。その上で片手を相手の片手と接触させ、押し合い引き合いを行うカキエーが始まった。自由組手の前段階となる練習かと思われるが、楽しみながらやっている感じだ。ここで比嘉稔館長のスイッチが入る。立ち上がってクリス6段と模範的な動作を始めた。
その後は型の時間。ナイファンチ初段のあと、ピンアンを2段、初段、3段、4段、5段と行い、パッサイ(小)まで。
休憩後は、沖縄空手少年少女世界大会(8月実施)の予選など試合が近いということもあってか、中学生を中心に一人ずつ本番を模した型演武を行う。加えてクリス6段が昇段審査のための型を予行演習した。比嘉稔館長から「クリスさんの型はきれいだ」との褒め言葉があった。
いつものことらしいが、1時間半ほどの稽古が終了すると、持ち寄ったお菓子と温かいコーヒーが配られる。コーヒータイムと称する懇談会の時間に移る。家庭的な雰囲気がいかにも沖縄らしい。
この時間になると午後の古武道を指導する「琉棍会」(りゅうこんかい)の伊波光忠・守道館総本部館長(いは・みつただ 1971-)の姿もあった。伊波の父親である伊波光太郎(いは・こうたろう 1939-)は古武術で県の指定文化財保持者(2020年)に指定されている人だが、空手はもともと究道館で比嘉佑直に師事していた。いわば同じ釜を食べた関係で、そのため究道館に古武道を教えに来る間柄だ。
1973年生まれの比嘉康雄にとって、1910年生まれの祖父同然の比嘉佑直の思い出は「お年玉をくれる優しいおじいさん」だという。世代的に一緒に空手をやったことはなく、24歳から始めた空手はあくまで父親である稔館長仕込みだ。比嘉康雄は次男で、石垣島で宿泊施設を経営する長男は空手をやっていない。
比嘉康雄は現在、比嘉佑直が1982年に設立した沖縄空手の地元4大組織の一つ、沖縄空手・古武道連盟の事務局長を務める。いずれ究道館館長が康雄に譲られる日が来るだろう。(文中敬称略)
(※1)カキエー…2人が向き合って片手を相手の手と接触させ、攻防の技術を養う稽古法
※沖縄現地の空手道場を、武術的要素を加味して随時紹介していきます。
シリーズ【沖縄伝統空手のいま 道場拝見】:
①沖縄空手の名門道場 究道館(小林流)〈上〉 〈下〉
②戦い続ける実践者 沖拳会(沖縄拳法)〈上〉 〈中〉 〈下〉
③沖縄空手の名門道場 明武舘(剛柔流)〈上〉 〈下〉
【WEB連載終了】長嶺将真物語~沖縄空手の興亡~
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WEB第三文明で連載された「長嶺将真物語~沖縄空手の興亡」が書籍化!
『空手は沖縄の魂なり――長嶺将真伝』
柳原滋雄 著定価:1,980円(税込)
2021年10月28日発売
論創社(論創ノンフィクション 015)
【WEB連載終了】沖縄伝統空手のいま~世界に飛翔したカラテの源流:
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WEB第三文明で連載された「沖縄伝統空手のいま~世界に飛翔したカラテの源流」が書籍化!
『沖縄空手への旅──琉球発祥の伝統武術』
柳原滋雄 著定価:1,760円(税込)
2020年9月14日発売
第三文明社