台湾を知れば、世界がわかる
著者の近藤伸二氏は元毎日新聞の記者で、香港支局長や台北支局長などを歴任。追手門学院大学経済学部教授として教鞭を執った経験もあり、2022年4月からジャーナリストとして活動している。30年以上にわたって、さまざまな立場から台湾社会の動向を取材・研究してきた台湾ウォッチャーだ。
本書は著者が2014年から2023年まで一般財団法人「台湾協会」の月刊機関紙『台湾協会報』に連載・寄稿した文章を再構成して書籍としたもの。
この9年間は、台湾が国際社会で存在感を大きく増した時期とも重なる。台湾の内政だけに注目しても、ひまわり学生運動、蔡英文政権の誕生、アジア初の同性婚合法化、ITを駆使した新型コロナウイルスへの対応、半導体製造による大幅な経済成長など、国際的なニュースとなった事例は枚挙にいとまがない。
また、この時期の中国と台湾の関係に目を向けると、2014年の香港の雨傘革命や、2019年に同じく香港で起きた大規模デモなどの影響を受け、民主主義を掲げる台湾の中国政府に対する反発はより一層強まった。
さらに、2016年に誕生したトランプ政権以降、台湾とアメリカの関係はこれまで以上に強化された。その姿勢はバイデン政権にも引き継がれており、2022年8月のアメリカのペロシ元下院議員の象徴的な訪台によって、台湾海峡の緊張感は一気に増した。
台湾海峡は、世界のコンテナ船の5割が通る重要なシーレーンでもあり、もしもここが封鎖されるような事態になれば、世界経済へも極めて大きな影響が及ぼされることは、容易に想像がつく。
以上の内容がすべて本書で取り扱われており、この9年間が台湾にとってどれほど重要な時期であったかがよく分かる。「台湾を知れば、世界がわかる」と著者が本書で語っているように、九州と同じくらいの小さな面積の台湾は、いまや国際政治や世界経済の分野で、大きな影響を与える重要な存在となっているのだ。
高まる圧力と駆け引き
先述した香港での2度の大きなデモ以外にも、本書が取り扱う時期では、中国で憲法が改正され、習近平体制が異例の3期目に突入するなど、民主主義による統治を行う台湾にとって大きくプレッシャーのかかる状況が続いている。
また、アメリカの政治状況が台湾に与える影響も看過できない。2016年に誕生したトランプ政権下では、米台高官の相互往来を可能にする「台湾旅行法」が制定された。
アメリカは1979年の台湾との断交以来、中国を刺激しないように、台湾とのあいだで外交や国防の分野の高官の往来を控えていたが、この法律はそうした分野の高官の訪台も可能にした。その結果、トランプ政権下と、続くバイデン政権下でも、政府高官の台湾訪問が相次いでおり、そのたびに中国政府は米台当局を激しく譴責している。
またバイデン大統領が公の場で幾度も、中国が台湾の武力統一を試みた際には、アメリカは台湾防衛に関与すると発言したことについて、著者はアメリカの台湾に対する姿勢が、これまでの「戦略的曖昧さ」から「建設的明確さ」に移行しているとの台湾のシンクタンクの分析を紹介している。
米台の距離がぐっと縮まった一方で、2022年にアメリカが主導して立ち上げた新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」には台湾の参加は認められておらず、これはアメリカが中国に配慮したためだと言われている。
対立が続く米中関係ではあるものの、細かなところで互いの腹を探り合うような駆け引きがおこなわれているのも確かだ。台湾は、その2つの大国のあいだに挟まれる形で、常に難しいかじ取りを強いられてきていると言える。
日本統治時代ブーム
2014年に公開された台湾映画『KANO』は台湾だけでなく、日本でも大きな話題を呼んだ。
この映画は、夏の甲子園で準優勝を果たした日本統治下の嘉義農林学校(現・嘉義大学)の活躍を描いたものだ。映画や文芸界だけでなく、同時期にはデパートや料亭など、日本統治時代のものが相次いで修復・再開業されるなど「日本統治時代ブーム」とも呼べる現象が台湾で見られたと著者は指摘する。
興味深いのは、この現象が起きたきっかけだ。じつは2008年に国民党の馬英九政権が発足して以来、中国と台湾の関係は改善し、人的交流が盛んになった。しかし、そのことで、「同族」であるはずの中国人とはどこか違うと感じる台湾の人たちが増えたのだと著者は見る。
その結果、オランダや、清朝、日本などに統治され、外来の文化や風習が溶け合った台湾の重層的な歴史に目が向くようになったのだ。(本書)
近年の台湾のカルチャーに注目すると、特に日本の影響がより深く浸透していることがわかる。
たとえば、台湾にある独立書店や古書店は、日本の書店文化の影響を受けているところが多い。また、2014年には、日本文化をテーマとしたカルチャー誌『秋刀魚』が創刊され、台湾から見た日本の魅力が独自の視点で紹介されている。
そうした背景のなか、2016年から、2期8年にわたって続いている蔡英文政権下では、個別の問題はあるにせよ、総体として非常に良好で緊密な日台関係が築かれてきたと言える。
日本の歴代の首相経験者もさまざまな機会で台湾を訪問しており、2022年に安倍晋三元首相が暗殺された際には、台湾でも追悼ムードが広がり、蔡英文総統の指示で政府機関や公立学校では半旗が掲げられた。台湾で最も高いビルの「台北一〇一」でも、追悼メッセージが流された。
また、日本の震災発生時には、台湾はいつも率先して支援の手を差し伸べてくれる。先の能登半島地震でも、台湾当局が民間に募金を呼びかけ、わずか半月で25億円が寄せられた。また、2007年3月に起きた能登半島地震の際も、低迷する地元経済を救うために震災後に初めてやってきた国際便は、じつは台湾からのチャーター便だった。2011年の東日本大震災でも、世界でも突出して多かった義援金200億円が台湾から寄せられたことを記憶している人は多いだろう。
文化から政治まで、いまや台湾は日本に積極的にコミットし、理解を深めている。それに対して、私たちはどれほど台湾のことを知っているか。本書を読みながら、そうした問題意識が投げかけられているようにも感じた。
『現代台湾クロニクル2014-2023』(近藤伸二著/白水社/2023年9月1日)
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