第19回 体相②
[2]眼・智によって体を顕わす①
この段の冒頭には、この段の趣旨を次のように説明している。
二に眼・智を明かすとは、体は則ち知に非ず、見に非ず、因に非ず、果に非ず、之れを説くこと已に自ら難し。何に況んや以て人に示さんをや。知見すること叵(かた)しと雖も、眼・智に由れば、則ち知見す可し。因果に非ずと雖も、因果に由って顕わる。止観を因と為し、智・眼を果と為す、因は是れ顕体の遠由(おんゆ)にして、果は是れ顕体の近由(ごんゆ)なり。其の体は冥妙(みょうみょう)にして、分別す可からざるも、眼・智に寄せて、体をして解す可からしむ。(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅰ)272頁)
体(本体としての真理)は、知ること、見ること、因、果を超えたものであり、これを説明することは難しいという大前提が示されている。しかし、眼・智に基づけば体を知・見することができ、因・果に基づけば、体をあらわすことができるとされる。因果の定義については、止観を因とし、智眼を果としている。体をあらわす遠い原因が因であり、近い原因が果である。体そのものは説明できないけれども、眼・智にこと寄せて体を理解できるようにさせることが、この段の狙いである。
この段は、次第の眼・智と不次第の眼・智に分かれる。それぞれ別教と円教を指している。
(1)次第の眼・智
ここでは、すでに説明した三止(体真止・方便随縁止・息二辺分別止)・三観(従仮入空観・従空入仮観・中道第一義観)を因とし、それによって得られる三智(一切智・道種智・一切種智)・三眼(慧眼・法眼・仏眼)を果としている。三止について、『摩訶止観』の本文を、わかりやすく改行して引用する。
三止とは、体真止(たいしんし)の若(ごと)きは、妄惑は生ぜず、止に因って定を発し、定は無漏を生じて、慧眼開くが故に、第一義を見、真諦三昧は成ず。故に止は能く眼を成じ、眼は能く体を見、真の体を得るなり。
随縁止(ずいえんし)の若きは、真に冥じて仮に出で、心を俗諦に安んず。此の止に因るが故に、陀羅尼を得、陀羅尼は薬・病を分別し、法眼は豁(ひろ)く開けて、通を障(さ)うる無知を破し、常に三昧に在って、二相を以てせず、諸の仏土を見れば、則ち俗諦三昧は成ず。是れ則ち止は能く眼を発し、眼は能く体を得、俗の体を得るなり。
息二辺止(そくにへんし)の若きは、則ち生死・涅槃、空・有は、双(なら)べて寂なり。此の止に因って中道の定を発し、仏眼は豁く開けて、照らすこと遍からざること無く、中道三昧は成ず。故に止は能く眼を得、眼は能く体を得、中道の体を得るなり。(『摩訶止観』(Ⅰ)273~274頁)
引用文の要点を図示する。
体真止――――慧眼――――真諦三昧――――真の体を得る
随縁止――――法眼――――俗諦三昧――――俗の体を得る
息二辺止―――仏眼――――中道三昧――――中道の体を得る
上の説明のなかでは、三止それぞれは、眼(慧眼・法眼・仏眼の三眼)を生ずることができ、その眼は体(真の体、俗の体、中道の体)を見ることができると説明されている。三止についての説明には一部省略が見られるが、随縁止の系列では、無知惑(塵沙惑)を破ることに触れているので、体真止の系列では見思惑を破り、息二辺止の系列では無明惑を破るはずである。下の三観の説明では、三種の煩悩が明示されている。
次に、三観について、『摩訶止観』の本文を、上と同様に、わかりやすく改行して引用する。
三観とは、従仮入空(じゅげにっくう)の若きは、空慧は相応し、即ち能く見思の惑を破し、一切智を成じ、智は能く体を得、真の体を得るなり。
従空入仮(じゅぐうにっけ)の若きは、薬・病、種種の法門を分別し、即ち無知を破し、道種智を成じ、智は能く体を得、俗の体を得るなり。
若し双べて二辺を遮し、中に入る方便と為さば、能く無明を破し、一切種智を成じ、智は能く体を得、中道の体を得るなり。(『摩訶止観』(Ⅰ)274頁)
引用文の要点を図示する。
従仮入空観――――見思惑を破る――――一切智――――真の体を得る
従空入仮観――――無知惑を破る――――道種智――――俗の体を得る
中道第一義観―――無明惑を破る――――一切種智―――中道の体を得る
三眼はいずれも智(一切智・道種智・一切種智の三智)を得ることができ、智は体(真の体、俗の体、中道の体)を得ることができることが指摘されている。
この段の最後に、眼によって見ることと智によって知ることの相違点について問題としている。法門を聞くので智の知といい、禅定によるので眼の見というだけで、結論的には、知と見はいずれも三諦を証得する点で同じであるといっている。(この項つづく)
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