「日本維新の会」公式ホームページより
「電車の本数を減らせ」と同じ
急速に勢力拡大を図る日本維新の会。全国紙の大阪本社に在籍するベテラン記者は、「今の維新はほんまに強いで。クロースアップ・マジックの名人なんや」と語った。クロースアップ・マジックとは、観客のすぐ目の前で見せる手品のことだ。
たとえば維新の代名詞ともなっている「身を切る改革」。
維新は、「まず議員が身を切る改革を実践し覚悟を示す」として、議員定数の削減、議員報酬の削減を掲げる。馬場代表は最近、国会でも衆参を合併して一院制にして議員を半分にするとまで語っている。
ここで描かれている〝物語〟は、旧来の政治が政治家自身の既得権益を守っていて、庶民がムダな負担を強いられているというものだ。「古い政治」に対して維新が「新しい民意」で挑むという図である。
少子高齢化で現役世代の社会保障費の負担が大きな課題になり、あるいはコスパやタイパがトレンドになるなか、まずは政治家や政党自身が〝わが身を切れ〟というメッセージは有権者の心情に響きやすい。
しかし、日本の国会議員の数は欧州諸国と比べてもかなり少ない。しかも議員定数削減や報酬カットで得られる財源は、大阪市でも年間2億円程度。全国でも数十億円にとどまるだろう。浮く財源は国民1人あたり年間で何十円か。定数や報酬を減らしたからといって減税ができるような話ではない。
一方で維新は所得税や法人税の「フロー大減税」を掲げるが、法人税を1%下げるだけで4000~5000億円の財源が必要になるとされる。
あるいは維新が掲げる消費税5%への減税では、13兆円が足りなくなる。逆進性のため消費減税の恩恵をより多く受けるのは高所得者だ。維新が打ち出した月6~10万円のベーシックインカムには100兆円規模の財源が必要になる。
今でも多くの地方議会では議員報酬が安すぎて、議員のなり手が不足しているのだ。さらに議員定数の削減は、多数会派の影響力をますます強め、少数派の声を政治に届けにくくしてしまう。
通勤電車の運行本数を減らして、一編成にもっと大勢の乗客を詰め込めばコストカットになるじゃないかというような話だ。真っ先にこぼれ落ちるのは子供や弱者である。
ここは有権者の賢明さが試されている。民主主義には一定のコストがかかることを理解しないと、これからの社会全体が脆弱になってしまう。
維新の支持層は外交を重視しない
維新を「極右の保守」などと雑にラベリングすると、その実像を見誤るだろう。維新は片方で「核共有」「防衛費2%への増額」「核拡大抑止」を語りながら、もう片方で「同性婚賛成」「選択的夫婦別姓」を打ち出す政党なのだ。
安全保障ではたしかに自民党以上に〝右〟に陣取り、人々のナショナリズムに訴えかける。維新が幸福実現党と並んで最右翼にいることは間違いない。
それなのに、維新支持層の大半は自身を「中道リベラル」と認識し、維新のこともその価値観を体現した政党だと見なしている。たとえば同性婚に賛成する割合は、立憲支持層より維新支持層のほうが高い。
ノンフィクションライターの石戸諭氏は、
維新の支持層は外交政策を重視していないということだ。外交政策を重視する人は自民に投票している。維新への期待は政治改革や財政再建に集まっており、外交や、維新が強調してきた教育改革もあまり顧みられていない。(「ニューズウィーク」2022年7月13日)
と指摘している。
維新が描き出す自己像は、あくまで「古い政治」を改革する「新しい民意」だ。そして「保守」「リベラル」の意味あいについては、昭和と令和で断絶がある。とくに維新を強く支持する50代以下の世代から見れば、維新は「古い政治」の打破を訴えかける点で「リベラル」と映るのだ。
維新という政党は、〝人々からどう見えているか〟の理解と対処に独特のセンスを持っている。逆に言うと、他の政党はおしなべてこの点が弱い。与野党問わず支持組織を持っている政党ほど、身内の反応だけ見てしまうエコチェンバー現象に陥って、一般有権者にどう映っているかを見落としがちだ。
綱領に「中道」を掲げてきた政党
ところで、今の維新がうまくはまっている「中道リベラル」は、本当に政党の空白域だったのか。
じつは、何十年も前からそこに位置してきたのが公明党なのだ。このことは政治学では半ば常識だろうし、各種の政党マトリックスでも一貫して変わっていない。すべての政党のなかで、党の綱領に「中道」を掲げてきたのも公明党だけだ。
公明党が「中道リベラル」だからこそ自公政権にあって、
自民党にとっても、公明党との連立は中道寄りにウィングを広げる契機となっている。(中北浩爾『自公政権とは何か』)
という変化が生まれてきた。
ここでも求められるのは有権者側のリテラシーである。中道リベラルな政治を求めるなら、公明党という選択肢を無用な色眼鏡で排除したりせず、もっと与党内での発言力を与え、とことん注文を付けて使い倒せばいいのだ。
公明党の側も〝人々からどう見えているか〟にもう少し意識を払うべきだろう。さすがに右派政党とは思われていなくても、公明党は保守的な政党だと見なされている。連立与党として保守層に支持を広げようとしている面もある。
しかし、「保守」「リベラル」の概念が50代を境に変質している点を忘れてはならない。現役世代はナショナリズムに親和性も持ちながら、社会政策的には中道リベラルを志向している。
とくにフワッとした維新の支持層が重視するリベラルな政治イシューについて、公明党は態度を明確にして積極的にハッキリと発信する必要があると思う。
「強さの源泉」が「最大の弱点」
維新の内在的な強さの源泉は、維新政治塾で一般に広く間口を広げたリクルートと、徹底した上意下達、自民党仕込みのドブ板選挙にある。「古い政治」に挑む自己像を演出しながら、じつは維新そのものが古い体質に支えられているのだ。
それは体育会的な男性原理と男性優位主義が強く働くマッチョイズムでもある。この維新の強さの源泉が、同時に維新の最大の弱点にもなっている。
維新の弱点は、やはり候補者や議員の資質というところに尽きるだろう。「古い政治」と闘うと言いながら、維新には長年「ハラスメント」「政治とカネ」のスキャンダルが絶えない。というより、こうした不祥事がともかく群を抜いて多い。
維新の候補者に、男女問わず外見に独特の似通ったものを感じる人は多いはずだ。外見を重視するルッキズムも、頻発するセクハラ・パワハラも、マッチョイズムの産物なのだ。
維新政治塾の塾生募集ページには、「こんな方におすすめ」として〈議員・政治家になりたい方、政治を学びたい方、維新の政策を学びたい方〉〈 将来的なキャリアとして政治家の道を考えている方〉といった言葉が並ぶ。
自民党や公明党なら地元組織が慎重に選ぶが、維新はチェック機能が甘く、野心はあっても公人としての資質を欠いた有象無象の粗製乱造を免れない。こうした党が、次の衆議院選では289すべての選挙区に候補を擁立したいと言っているのである。
「選手をクビにすればよいだけ」
ところが、今のところ相次ぐ議員の不祥事が維新の支持率にはまったく影響していない。維新の大阪府議団団長がセクハラ・パワハラで除名になった翌日でさえ、維新は堺市長選挙で圧勝した。
ノンフィクションライターの松本創氏は、相手候補者の言葉を紹介している。
野球にたとえるなら、大阪では阪神タイガースのファンが圧倒的に多いでしょう。チームに成績の悪い選手がいても、あるいは何か不祥事を起こす選手が出ても、その選手を交代させるかクビにすればよいだけで、阪神への支持はまったく揺るがない。それと同じように、維新は強固なブランド力を確立している(『中央公論』8月号)
じつは、これと同じ光景がかつてあった。2000年代前半の民主党である。
マニフェスト選挙を打ち出し、利益誘導型政治・官僚支配からの脱却、公務員の人件費2割削減を訴え、「徹底した無駄削減」「コンクリートから人へ」を合言葉に政権交代をめざした。
小選挙区では立候補したくても地元組織が支える自民党からは出馬もかなわない。そこで、「選挙互助会」と揶揄されるほど、まさに猫も杓子も民主党に駆け込んで立候補する状況が生まれた。街頭には爽やかなイメージの候補者のポスターが並んだ。
当然、有象無象が集まるので不祥事が続出する。現職議員が暴行傷害、婦女暴行致傷、覚せい剤取締法違反、公職秘書給与詐欺、弁護士法違反など、信じ難い罪状で次々と逮捕された。秘書や職員まで含めると逮捕者は何倍にも膨らむ。
それでも当時の民主党はまったく失速しなかった。有権者は、やはり議員個々の資質には関心がなく、民主党という目新しい〝ブランド〟を支持していたからだ。
民主党の勢いは止まらず、2009年には史上最高の308議席を獲得して政権の座を獲得した。だが、その後のありさまは今さら語るまでもない。
候補者の資質や能力を見ようとせず、政党のブランドに期待を託した有権者が、どのように裏切られたかは明白だ。
今の維新も向かうところ敵なしの勢いと強さを手に入れた。その強さが同時に最大のリスクをはらんでいるように見える。選挙は政党同士、候補者同士の勝負でもあるが、審判を受けるのはじつは有権者自身でもあるのだ。
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