内閣委員会で質問に立つ公明党・三浦参議院議員
法律に対する称賛と非難
さる6月16日の参議院本会議で「LGBT理解増進法」(性的指向とジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律)が、与党と日本維新の会、国民民主党の賛成で可決成立した。
米国のラーム・エマニュエル駐日大使は英語と日本語でツイッターを更新し、
これで流れが変わりました。本日、日本の国会はLGBT理解増進法を成立させました。岸田首相のリーダーシップと、LGBTQI+の権利に対する日本国民のコミットメントをたたえます。これは、万人に平等な権利を確保するための重要な一歩となります。心よりお祝い申し上げます。(エマニュエル大使のツイート/6月16日)
と、この法律が成立したことの意義の大きさを強調した。
一方で、この法律に関しては保守派からもLGBTQ+当事者の一部からも、批判が噴出した。
保守派は〝女風呂、女子トイレ、女子更衣室に男性が入ってきても、その男性が「私は女性です」と言えば、女性として扱わないといけない〟〝性暴力が増える〟等と主張。法律ができたことで女性の安全が脅かされることになったと非難する。
他方、当事者の側からも「私たちの求めてきた法案とは真逆の内容であり、当事者にさらなる生きづらさを強いるものである内容」(「LGBT法連合会」6月13日の声明)という強い非難が寄せられた。
称賛されるべき第一歩なのか、はたまた非難されるべき悪法なのか。法律の成立にどんな意義があるのか。できるだけ分かりやすく整理をしておきたい。
「法案と女性の権利侵害は無関係」
まず、保守派からの論難についてである。
すでに複数の識者らが指摘しているように、保守派の主張はほぼ誤認識に基づいているものだ。
公衆浴場については厚労省からの通知により、2022年1月1日から全国のほぼすべての自治体で「おおむね7歳以上の男女を混浴させないこと」が定められている。この場合の「男女」は、あくまで外形的な判断による。
したがって、本人の性自認に関係なく、身体的に男性の外形の人が女風呂に入ることはできない(その逆もしかり)。
また、今般の理解増進法はあくまで「理念法」であり罰則を伴わない。仮に男性器のある人が〝心は女性〟と主張して女風呂の利用を求め、旅館など施設側が利用を断ったとしても、それで訴えられるということなどあり得ない。
労働政策研究・研修機構副主任研究員の内藤忍さんは「法案と女性の権利侵害とは無関係」(『東京新聞』6月14日)と強調している。実際にはトランスジェンダー当事者たちは万一のトラブルを回避するため、トイレの利用などにも慎重に配慮しているというのだ。
性自認は自分の意思で変えられるものではないので、「きょうから心は女性」「今だけ心は女性」などと都合よく言い張ることはできない。
あらぬ目的で侵入する性犯罪者がいれば、従来どおり犯罪として処理するだけのことである。理解増進法ができたからといって、こうした犯罪への対処が難しくなることはない。
もしも現場で混乱が広がると懸念するのであれば、それは文字どおり日本社会にLGBTQ+に対する理解が足りていないからだ。理解増進法は、まずこうした理解を深めていこうとする足がかりである。
G7各国の差別禁止の実情
本会議採決に先立つ15日の参議院内閣委員会では、与野党議員が参考人や政府にそれぞれの立場から質問をした(参議院インターネット審議中継「内閣委員会」6月15日)。
保守派である自民党の有村治子議員から「外務省が認識するかぎりG7においてLGBTに特化した法律はないということでよろしいですね?」と質問があり、外務省は「そのとおりでございます」と答弁した。
これをもって、「G7各国にもLGBTQ+に対する差別禁止法などない」「日本だけが特殊な法律を作った」とするような言説がある。
しかし、こうした言説は無知の上塗りに過ぎない。
実際には各国ごと形態は異なるが、むしろより包括的ともいえる差別禁止法や平等法が早くから存在し、そのなかに性的指向等を含む差別も含まれているのだ。
また、州の独立性を尊重する米国では、連邦レベルではLGBTQ+に対する明文化した法律はないものの、ほぼすべての州で差別禁止の法律が存在する。
このことは15日の内閣委員会でも国立国会図書館から答弁された。なお2017年の時点で、これらの実情を簡潔に紹介した報告書「LGBT差別禁止をめぐる内外の動向」が国立国会図書館から公開されている。
三浦信祐議員の質問の重要性
国会審議の過程で、与党と日本維新の会、国民民主党が修正協議して合意した法案に、立憲民主党や日本共産党、またLGBT法連合会など当事者からは強い懸念や疑念が示されていた。
これについては、15日の内閣委員会で公明党の三浦信祐(のぶひろ)議員が30分間にわたり、法案提出者と政府に対して法案の意義や修正箇所を中心に質問した。
たとえば修正案で、学校の設置者が行う「教育又は啓発」に、
家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得つつ
という文言が加えられたことに、日本共産党などは、
“多数派が許容する範囲で”性的少数者の人権を認めることになりかねないと指摘。同条文を根拠に「学校の実践をやり玉に挙げるようなことはあってはならない」と主張しました。(『しんぶん赤旗』6月16日)
などと非難している。家庭や地域住民の〝反対派〟が学校での教育や啓発を妨害できるように修正したと邪推しているのである。
しかし、三浦議員は政府参考人および法案提出者への質問を通して、これらの疑念がないことを明らかにした。
法案提出者として出席した国重徹議員は答弁で、
教育基本法十三条に、学校、家庭及び地域住民その他の関係者は、相互の連携及び協力に努めるという定めがあります。
(中略)
本法案の修正により追加された部分につきましても、教育基本法の文言と同様の趣旨でありまして、同様の定めをすることが法律としての安定性を高めることから、家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得つつという文言を用いることとしたものでありまして、御心配のように、保護者の協力を得なければ取組を進められないという意味ではありません。(note「いわゆるLGBT理解増進法に対する公明党質問の議事録――法律の理解のために」谷合正明)
と、むしろ法律の安定性を高めるために、教育基本法と同様の趣旨にしたことを明言している。
そして法案提出者からこのような答弁が出たかぎり、仮にこの法律を〝保護者の協力を得なければ取組を進められない〟根拠にしようと悪用する主張がされた場合にも、これを否定することができる。
不安な人にはぜひ、谷合正明・公明党参議院幹事長のnoteに書き起こされた三浦議員の議事録をよく読んでもらいたい。
法制上の意味を変えるものではない
では、LGBTQ+当事者側からの批判をどう考えるか。
法案の可決成立を受けて、たとえば共同通信は次のように配信した。
基本理念として、性的指向にかかわらず人権を尊重し、不当な差別はあってはならないと規定した。一方で「全ての国民が安心して生活できるよう留意する」と多数派に配慮する条項を設けた。国民理解が不十分だとの現状認識を踏まえたものだが、差別を助長しかねないとの懸念は根強い。(「共同通信」6月16日)
こうした報道はミスリードどころか、結果的に保守派の留飲を下げるだけの誤報に近い。というのも、実際の法文では、
〈第3条〉全ての国民が、その性的指向又はジェンダーアイデンティティにかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものである(※傍線筆者)
〈第12条〉この法律に定める措置の実施等に当たっては、性的指向又はジェンダーアイデンティティにかかわらず、全ての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意するものとする(※傍線筆者)
とある。
この法律ははっきりと「性的指向又はジェンダーアイデンティティにかかわらず」個人として尊重され、安心して生活できることをうたっている。
一部の法学者やLGBTQ+の当事者のなかには、修正協議によって12条に「全ての国民が安心して生活できる」という文言が入ったことを疑問視し、かえって差別の根拠になりかねないと強く反発する声がある。
多数派の人々が安心できる場合においてのみ少数派の権利を認めると解釈でき、少数派の権利はむしろ限定され、あるいは認められなくなる恐れがあるというのだ。
この点も、三浦議員はあえて法案提出者に疑念をぶつけ、
十二条は留意事項でありまして、そこで定められている内容は、元々一条の目的や三条の基本理念においてうたわれている共生社会の理念と同じものでありましたが、これを強調する趣旨で留意事項として入れることとしたものであります。
したがいまして、留意事項が入ったことによって自公原案から法制上の意味や法的効果が変わるものではありません。(note「いわゆるLGBT理解増進法に対する公明党質問の議事録――法律の理解のために」谷合正明)
との答弁を引き出した。この言質は重要である。(「下」につづく)
関連記事:
理解増進法をどう考えるか(上)――「歴史的一歩」か「残念な悪法」か
理解増進法をどう考えるか(下)――法律ができたことの意味
LGBTQ+関連記事:
新局面を迎えた「同性婚訴訟」――有権者の投票行動にも影響(6月2日掲載)
LGBT法の早期成立を――与野党の合意形成を望む(5月16日掲載)
サミットまでに理解増進法を――世界が日本を見ている(2月17日掲載)
言語道断の秘書官発言――世界は既に変わっている(2月6日掲載)
都でパートナーシップ制度が開始――「結婚の平等」へ一歩前進(2022年11月掲載)
書評『差別は思いやりでは解決しない』――ジェンダーやLGBTQから考える(2022年9月掲載)
参院選2022直前チェック⑤――多様性を認める社会を実現するために(2022年7月掲載)
公明党の手腕が光った1年――誰も置き去りにしない社会へ(2019年12月掲載)
LGBTの社会的包摂を進め多様性ある社会の実現を(月刊誌『第三文明』2015年9月号より)
シリーズ:「わたしたちはここにいる:LGBTのコモン・センス」(山形大学准教授 池田弘乃)
第1回 相方と仲間:パートナーとコミュニティ
第2回 好きな女性と暮らすこと:ウーマン・リブ、ウーマン・ラブ
第3回 フツーを作る、フツーを超える:トランスジェンダーの生活と意見(前編)
第4回 フツーを作る、フツーを超える:トランスジェンダーの生活と意見(後編)
第5回 社会の障壁を超える旅:ゆっくり急ぐ