連載エッセー「本の楽園」 第159回 集中!

作家
村上政彦

 僕の朝の日課は、まず、家族と朝食をとることから始まる。それから犬の散歩。家のすぐ近くを流れる大きな川の土手を歩くので、朝日を浴びることができて気持ちがいい。9時半から昼までは小説の執筆と決めている。ところが――
 ところがである。この日課がたびたび乱れる。多くはパソコンやスマホのメールのチェック、デジタルで購読している新聞2紙の閲覧。メールのチェックは、手っ取り早くすませることができるが、ときとして熟考を要するものもある。
 新聞はざっと見出しだけ見るつもりが、気になる記事があると印刷してスクラップブックに入れるので、けっこう時間がかかる。はっと気がつくと、昼近くになっていることが少なくない。
 これではいけない。僕は小説家なのだから、小説を書く時間をおろそかにしてはいけない、と思いつつ、つい、やらかしてしまう。そんなとき眼についたのが、『24 TWENTY FOUR 今日1日に集中する力』である。
 タイトル買いしてしまった。集中したいから。なかなか集中できないから。ページを開くと、冒頭に、「24時間をもっとも有効に使う方法は世界中の叡智により、すでに明らかになっています」とある。なに、なに? 教えて!

答えは、「今、目の前のことにただ集中すること」

 それができないから、この本を買ったんじゃん。どうすればそれができるの? さらにページを繰る。

おそらくみなさんの中には、日々「やるべきことに集中できていない」「24時間があっという間に過ぎていき、何一つやるべきことを達成できていない」といった思いを抱えている人がたくさんいるはずです

 だからー、僕がそうだから、この本を買ったんだよ。その理由はなに? どうすればいいの?

現代社会には、私たちがやるべきことに集中するのを妨げるものがあまりにもたくさん存在しているからです

 そして、挙げられるのは、将来の不安、友だちからのメール、LINE、ネット記事、会社での人間関係、タスクの多さ。そこからどうやって逃れて、「目の前のことにただ集中すること」ができるのか?
 まず、スマホやSNSを遠ざける。TVや新聞でも(ネット記事はもちろん)、できるだけネガティブなニュースを見ない。そして、マルチタスクを避ける。

真に生産性を高めたいと思ったとき、私たちが心がけるべきなのは、今、目の前にある一つのこと、シングルタスクに集中すること

 つまり、今日やらねばならないシングルタスクを決めて集中する。どうやって決めればいいのか? 優先順位をつける。仕事のトリアージだ。

 第Ⅰ領域=最初に取り組み、早めに完了させるべきタスク。重要度が高く、緊急度も高い。先延ばしにしていた重要なタスクなどもここに入る。
 第Ⅱ領域=期限を決めてスケジュールに入れ込むべきタスク。重要度が高いにもかかわらず、緊急でない(時間的制約がない)ため、放置されたり優先順位が下がったりしやすい。
 第Ⅲ領域=ほかの人に任せるか、辞退すべきタスク。緊急性は高いが重要度が低いため、優先順位を下げたり、ほかの人に任せたりすることが可能。
 第Ⅳ領域=後回しにするか、完全にやめるべきタスク。取り組んでもほとんど意味がないどころか、重要度の高いタスクの邪魔になるため、時間を割いてはいけない

 これを表に書き出して見るだけで、脳は「選択的注意」によって優先順位を決める。たいてい第Ⅰ領域が浮上する。しかし問題は、第Ⅱ領域。

緊急でない重要な仕事がおろそかになっている人が多い

 実は、このタスクを意識的に選ぶことが必要なのだ。ただ、このようなタスク(僕なら小説を書くこと)に取り組もうとしても、なかなかやる気の出ないことが多い。しかし――

やる気は、実際に作業を始めたときに初めて生まれ、作業をしている間に深い集中状態に入っていく

 人間のやる気を引き出すには、脳の淡蒼球を働かせねばならず、そのためには体を動かして具体的な行動を始めてみるのがいちばんいい。
 さらに、うまくいくかどうか不安で集中できないときは、「自分は今、興奮(ワクワク)している」と言い換える。すると、脳がポジティブになって力を出せる。「私は興奮している」と言葉にすれば、脳を騙せるというのだ。
 と、ここまで読んできて、これは使えると思った。僕は自己啓発書の類は、ほとんど読まないが、この本はいい。
 不毛な時間を過ごしているともやもやしている人、お勧めです。

お勧め本:
『24 TWENTY FOUR 今日1日に集中する力』(堀田秀吾/アスコム)


むらかみ・まさひこ●作家。業界紙記者、学習塾経営などを経て、1987年、「純愛」で福武書店(現ベネッセ)主催・海燕新人文学賞を受賞し、作家生活に入る。日本文芸家協会会員。日本ペンクラブ会員。「ドライヴしない?」で1990年下半期、「ナイスボール」で1991年上半期、「青空」で同年下半期、「量子のベルカント」で1992年上半期、「分界線」で1993年上半期と、5回芥川賞候補となる。他の作品に、『台湾聖母』(コールサック社)、『トキオ・ウイルス』(ハルキ文庫)、『「君が代少年」を探して――台湾人と日本語教育』(平凡社新書)、『ハンスの林檎』(潮出版社)、コミック脚本『笑顔の挑戦』『愛が聴こえる』(第三文明社)など。