第6回 序分の構成と内容(3)
[5]三種の止観――漸次止観・不定止観・円頓止観
師資相承に続いて、智顗(ちぎ)が南岳慧思(なんがくえし)より相承した三種止観について述べている。三種止観とは、漸次止観、不定止観、円頓(えんどん)止観のことである。いずれも実相を対象として観察する大乗の止観である。
漸次止観とは、浅いものから深いものへ、低いものから高いものへというように、しだいに修行して、最後に実相を体得する止観をいい、『釈禅波羅蜜次第法門』(『次第禅門』と略称する)に詳しい。
不定止観とは、これに漸次止観、円頓止観と異なる特別な行法があるわけではなく、円頓止観と漸次止観の二つの止観を前後不同に用いたり、浅い行法を深く、深い行法を浅く用いたりするような自在な活用を重視する止観である。これは、『六妙法門』に説かれる。
円頓止観についての説明箇所は、「円頓章」と呼ばれて、『摩訶止観』の真髄を説いた部分として尊重されてきた。円頓止観とは、浅きより深きに次第する漸次止観とは逆に、修行の最初から最も深く高い実相を対境として修する止観であり、この円頓止観を説いたものが、『摩訶止観』10巻にほかならない。
序分では、この円頓止観について、円の法、円の信、円の行、円の位、円の功徳によって自ら荘厳すること、円の力用によって衆生を建立(救済)することの六つの視点から詳しく考究している。つまり、円の法を聞き、それを信じ、修行し、それによって位を昇り、自行・化他に励む在り方を説明している。
次に要点を説明する。
①円の法
「円の法を聞く」とは、生死の苦は法身であり、煩悩は般若であり、結業(煩悩に基づく行為)は解脱であると聞くことである。法身・般若・解脱は三つであるが一つであり、一つであるが三つである。法身が究極的であれば、その他の般若・解脱も究極的である。般若が清浄であれば、その他の法身・解脱も清浄である。解脱が自在であれば、その他の法身・般若も自在である。このように法身・般若・解脱の三徳を理解することが「円の法」である。
②円の信
「円の信」とは。すべての法がそのまま空(くう)であり、仮(け)であり、中(ちゅう)であることを信じることである。空・仮・中の三諦の実体性を否定することは「遮」(遮ること)であり、実体性は否定されても、三諦はそのまま備わっていることは「照」(照らすこと)である。遮もなく照もなく、すべて究極的で、清浄で、自在である。深いものを聞いて恐れず、広いものを聞いて疑わず、深くもなく広くもないものを聞いて、心に勇気があることが、「円の信」である。
③円の行
「円の行」とは、ひたすら最高の覚りを求めることである。辺(極端)そのままが中道であり、その他のものには赴かない。三諦について円かに修行して、無の辺にも静寂にさせられず、有の辺にも動揺させられない。動揺もせず静寂でもなく、直ちに中道に入ることが、「円の行」である。
④円の位
「円の位に入る」とは、初住に入るとき、一住は一切住であり、一切は究極的であり、一切は清浄であり、一切は自在であることである。円教の位は、一即一切という円教の根本特徴が修行の位に適用されたもので、それを一住=一切住という表現で示している。階段を一つひとつ昇るのではなく、一足飛びに昇るようなものである。
⑤円の功徳によって自ら荘厳すること
「円の自在荘厳」については、『華厳経』(大正9、438b13-20)を引用して説明している。難解であるが、要するに、六根、六境、十方向について、自由自在に三昧に入ったり、三昧から出て説法することを指しているようである。ここは次の⑥の「衆生の建立」と対比すると、自行を説明していることになる。
⑥円の力用によって衆生を建立(救済)すること
「円の衆生を建立する」とは、一つの光を放って、衆生に、即空・即仮・即中の利益を得させ、空に入ること、仮に出ること、空に入ることも仮に出ることもどちらもすること、空に入ることも仮に出ることもしないことの利益を得させることである。菩薩が内に自ら即空・即仮・即中をよく理解し、法性を動かさないで、さまざまな利益を得させ、さまざまな働き(たとえば断疑生信[だんぎしょうしん])を得させることが、「円の力用によって衆生を建立する」ことである。
最後に、多数の経典を引用して、この三種の止観には、経典の根拠があることを示している。結びとして、引用された経典は、すべて仏の金口(こんく)の真実の言葉であり、三世の如来に尊重される法であること、過去、現在、未来は不可思議であり、止観は諸仏の師であること、法は常住であるので、諸仏も常住であること、楽・我・浄なども常と同様であることを述べ、このような経文を引いて証拠立てることをどうして信じないことがあろうかと述べている。
(連載)『摩訶止観』入門:
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