池田SGI会長の緊急提言――ウクライナ危機と核問題

ライター
青山樹人

3年ぶりに行われた国連総会、一般討論演説(2022年9月)

5カ国共同声明から1年の節目

 創価学会インタナショナル(SGI)の池田大作会長が、『平和の回復へ歴史創造力の結集を』と題してウクライナ危機と核問題に関する緊急提言を発表した。
 提言は1月11日の聖教新聞に全文掲載されたほか、前日夜には読売新聞や日本経済新聞の電子版が「速報」を流した。
 池田会長は昨年(2022年)8月に国連本部で「NPT(核兵器不拡散条約)運用検討会議」が開催された際にも、「核兵器の先制不使用」の誓約などに関する緊急提言を発表している。
 ロシアによるウクライナ侵攻はまもなく1年を迎えようとしている。双方で甚大な犠牲者を出しながら戦況は膠着し、ロシアのプーチン大統領は核兵器の存在に言及する恫喝を繰り返している。
 さらに食料やエネルギーの供給不足と価格の高騰は世界の広い地域に波及し、コロナ禍での疲弊に追い打ちをかけるかたちで多くの国々が深刻な打撃を受けている。庶民、とりわけ社会的に弱い立場にある人々が、文字どおりの生存の危機に立たされているのだ。
 北朝鮮の核開発も加速している。米国本土を射程に入れたICBMに搭載可能な核弾頭がまもなく完成するのではないかというのが多くの専門家の見立てだ。そのための核実験が近くおこなわれるとの観測もある。
 ロシア、米国、中国、英国、フランスが「核保有国5カ国のリーダーによる、核戦争を防ぎ、軍拡競争を避けることについての共同声明」を発表したのは2022年1月3日のことだ。今回の提言発表は、そこから1年の節目にあたる。
 1月16日からは世界経済フォーラム(ダボス会議)がスイスではじまる。あるいは本年、日本はG7議長国であり、5月には被爆地・広島でG7サミットが開催される。
 こうしたなかで世界に向かって発せられた今回の緊急提言は、ウクライナをめぐる危機の早期終結と核兵器の使用を防止するため、行動の連帯を呼びかけるものとなっている。

関係国を交えた首脳会合を

 ウクライナでの戦況をめぐる報道は連日続いているものの、去年の一時期は集中したウクライナ避難民に関する報道は潮が引くように激減した。
 池田会長の緊急提言は、ウクライナ国内で避難生活を強いられている約590万の人々と、ヨーロッパに逃れざるを得なかった約790万人のことから筆が起こされている。
 そして、第二次世界大戦で空襲に遭い、火の中を逃げまどって翌日まで家族の安否がわからなかった自身の体験、戦死した長兄と、息子を失った母親の悲痛に言及する。会長は、遠くで起きている出来事ではなく、自分自身の戦争体験に重ねて、戦禍のなかにいる人々の苦しみに思いを馳せている。
 文字には書かれていないが、そこには当然、徴兵され戦死した、あるいは重傷を負ったロシア兵とその家族への同苦もある。
 池田会長があえて慎重に「侵攻」「戦争」という単語を避けているのは、この提言がロシアの指導者にも向けられているからだろう。
 ウクライナと、それを支援する側の国々の立場からすれば、ウクライナが2014年以前の領土を完全に回復しないかぎり「停戦」はあり得ない。しかし、戦闘の長期化は破壊と犠牲者のさらなる拡大をもたらすだけでなく、核兵器が使用されるリスクをより上昇させてしまう。

国連のグテレス事務総長は14日、かつては考えられなかった核衝突の可能性が今や再び「現実のものになった」と述べた上で、敵対行為の即時停止を重ねて求めた。(「ロイター」2022年3月14日

 池田会長は提言で、国際人道法と国際人権法を貫く〝生命と尊厳を守り抜くことの重要性〟を踏まえて、現在の危機を一日も早く終結させるべきだとし、

 そこで私は、国連が今一度、仲介する形で、ロシアとウクライナをはじめ主要な関係国による外務大臣会合を早急に開催し、停戦の合意を図ることを強く呼びかけたい。その上で、関係国を交えた首脳会合を行い、平和の回復に向けた本格的な協議を進めるべきではないでしょうか。

と呼びかけた。

「核兵器先制不使用」の確立を

 じつは今回の緊急提言が出される1カ月前の2022年12月10日、プーチン大統領は「核ドクトリン」を見直し核兵器の先制使用をする可能性について言及したのだ。

ロシアのプーチン大統領は、敵の武装解除を目的とした予防的な核兵器先制使用が可能であると、正式に軍事ドクトリンに加える方向で検討するかもしれないと語った。(「ブルームバーグニュース」2022年12月10日

 池田会長は、「核兵器の使用を巡って言葉による牽制がエスカレート」していることに触れ、

核使用を巡る緊張がエスカレートした時、その切迫性の重力に縛り付けられて、人間が持つ〝紛争の悪化を食い止める力〟が奪われてしまいかねないという、「核の脅威に内在する負の重力」の問題

を強調している。
 緊張が予想外に高まった際、国家指導者の命令ひとつで核ミサイルは容易に発射されかねない。そこには「紛争当事国の民衆を含めて世界の民衆の意思を介在させる余地は、制度的にも時間的にも残されていない」のだ。
 かつてのキューバ危機に際して、ソ連のフルシチョフ書記長や米国のケネディ大統領が述懐した言葉を引きながら、緊張がエスカレートすれば核保有国の指導者でさえ状況を制御できなくなる冷厳な事実を会長は挙げている。
 進退窮まった指導者たちが破滅的な選択を躊躇しないことは、あの戦争末期の日本軍部が敗色濃厚にもかかわらず「一億玉砕」「本土決戦」を主張した事実にも明らかだろう。
 池田会長はウクライナ危機のなかで核兵器の使用のリスクが高まっている現状をとらえて、これを「核兵器の先制不使用」確立の好機に転じようとしている。
 それは、恩師の遺訓である核兵器廃絶を胸に、冷戦時代から一貫して対話と具体的行動を重ねてきた池田会長だからこその力強さを帯びている。40回に及ぶ「SGIの日」記念提言や各国指導者との対話を積み重ね、会長は核廃絶への草の根の世論を世界規模で顕在化させてきた。
 SGIと手を携えたICANがついに核兵器禁止条約の発効を実現させたように、長い道のりはじわじわと世界を変えてきたのだ。

キューバ危機からの歴史創造力

 提言で池田会長は、昨年8月のNPT運用検討会議の議論を、再び出発点とするよう呼びかけている。
 そして「核保有国の責任」という〝一つの円〟を完成させるためには、2022年1月に核保有5カ国が示した「核戦争に勝者なし」という共同声明を半分とし、残り半分を「核兵器の先制不使用」の誓約として連結させることを提案している。

「核兵器の先制不使用」の誓約は、現状の核保有数を当面維持したままでも踏み出すことのできる政策であり、世界に現存する約1万3000発の核兵器の脅威が、すぐに消え去るわけではありません。しかし、核保有国の間で誓約が確立すれば、「互いの恐怖心」を取り除く突破口にすることができる。そしてそれは、〝核抑止を前提とした核兵器の絶えざる増強〟ではなく、〝惨劇を防止するための核軍縮〟へと、世界全体の方向性を変える転轍機となり得るものであると強調したいのです。

 冷戦時代、キューバ危機という一触即発の事態を人類は経験した。そのことが契機となって1968年にNPT(核兵器不拡散条約)が生まれ、さらに米ソ間で「戦略兵器制限交渉」(SALT)の取り組みがはじまった。
 池田会長はこの歴史に言及し、「当時の人々が示したような歴史創造力を、今再び、世界中の国々が協力し合って発揮すること」が急務だと呼びかけている。
 一貫して希望を捨てず、人間の英知への信頼を手放さない。常に危機をチャンスに転じようとし、どれほど状況が深刻でも忍耐強く具体的な智慧を発し続ける。池田会長の緊急提言は、人類の危機に立ち向かおうとする世界の人々に大きな希望の糧となるだろう。

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あおやま・しげと●著書に『宗教はだれのものか』(2002年/鳳書院)、『新装改訂版 宗教はだれのものか』(2006年/鳳書店)、『最新版 宗教はだれのものか 世界広布新時代への飛翔』(2015年/鳳書店)、『新版 宗教はだれのものか 三代会長が開いた世界宗教への道』(2022年/鳳書院)など。WEB第三文明にコラム執筆多数。