岸田総理大臣の会見(12月16日)
平和安全法制も「賛成」世論が上回る
今回、政府が決定した安保関連3文書では、「反撃能力」の保有が明記された。これまで「敵基地攻撃能力」と呼ばれていたものだ。
日本経済新聞、読売新聞、産経新聞や、日本維新の会、国民民主党などは、この「反撃能力」が盛り込まれたことを時宜にかなったものとして評価している。一方、立憲民主党は党内の意見がまとまらず、日本共産党や一部メディアなどからは「専守防衛を逸脱する」等の批判が出ている。
この「反撃能力」について検証したい。
まず国家が武力を行使することについて国連憲章は、
すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。(「国連憲章」第2条の4)
と禁じており、国際法上も一般的に認められていない。ただし例外として自衛のための行使は「安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間」という条件付きで、個別的と集団的の双方で認められている(「国連憲章」第51条)。
日本は憲法第9条で、戦争の放棄、戦力不保持、交戦権の否認を定めている。ただ同時に前文では「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とし、第13条では「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」を定めていることから、自衛権の行使は認められるとしてきた。
これについて明文化したのが1972年の政府見解で、
外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るための止むを得ない措置(「平和安全法制に関する特別委員会に提出された政府統一見解」)
としてのみ自衛権は許されるとした。ただし、いわゆるフルスペックの集団的自衛権については認められないと「72年政府見解」は明記している。
2015年に成立した平和安全法制は、日本を取り巻く国際環境の厳しさに対応し、日米同盟の信頼性とその抑止力を高めるためのものだ。
当初、フルスペックの集団的自衛権の行使へ踏み切ろうとした安倍首相に対し、公明党はあくまで「72年政府見解」を逸脱しないよう主張し、新たに「3要件」の歯止めをかけた。その結果、「72年政府見解」よりさらに厳重な縛りがかけられることとなった。
日本共産党などは「戦争法」と呼び、あたかも日本が憲法に反して米国と一緒に地球の裏側まで行って戦争をおこなうかのようなデマで国民の不安を煽ってきた。
だが、ロシアによるウクライナ侵攻や北朝鮮によるミサイル開発と発射などが相次ぐなか、2020年11月には朝日新聞による世論調査でさえも「賛成」が46%で、「反対」33%を上回っている。
平和安全法制が整備されたおかげで、政府は自衛隊の運用を恣意的におこなえなくなった。今般のウクライナ侵攻でも、日本は避難民への支援物資輸送をしたのみで、NATOのような武器の供与や軍事的協力をしていない。
「一層重大かつ差し迫った脅威」
刑事ドラマで犯罪者が銃を構えているとき、警官がピストルを抜いて「銃を捨てろ」と叫ぶシーンがある。この説得が成り立つのは、犯罪者の銃の射程に対して警官のピストルの射程も十分にあり、致命的な打撃を与えることが可能な場合だ。このとき、警官のピストルは抑止力として機能していることになる。
もし犯罪者が200メートル先からライフル銃(射程は1~2キロ)で狙っているときに警官がピストル(有効な射程は25~50メートル程度)を向けても、犯罪者には何ら脅威とならず撃つことを躊躇させないだろう。
今回、9年ぶりとなる国家安全保障戦略の改定など3文書を決定した最大の理由は、日本を取り巻く国際環境がきわめて厳しい状況に変化していることだ。
北朝鮮は、近年、かつてない高い頻度で、新たな態様での弾道ミサイルの発射等を繰り返し、急速にその能力を増強している。特に、米国本土を射程に含む大陸間弾道ミサイル(ICBM)級弾道ミサイルの発射、変則軌道で飛翔するミサイルを含む新たな態様での発射、発射台付き車両(TEL)・潜水艦・鉄道といった様々なプラットフォームからの発射等により、ミサイル関連技術及び運用能力は急速に進展している。
さらに、北朝鮮は、核戦力を質的・量的に最大限のスピードで強化する方針であり、ミサイル関連技術等の急速な発展と合わせて考えれば、北朝鮮の軍事動向は、我が国の安全保障にとって、従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威となっている。(「国家安全保障戦略」北朝鮮の安全保障上の動向)
さる10月にも日本列島上空を通過するミサイルを発射しており、核兵器の小型化が完成すれば、いつでも日本の領土に対して核ミサイルを撃てる態勢が整う。北朝鮮からのミサイルは、数分から十数分で日本に着弾する。
安全保障上の「脅威」は「意図」と「能力」から導き出されるが、相手の「意図」が不透明な場合は「能力」に着目して防衛を考えるしかない。
国民の生命や福祉よりも独裁者の権力存続を優先する強権国家の体制が、いつ、どのような意図で日本に対して武力攻撃をするのか、誰にも予測がつかないからだ。
「抑止力」としての反撃能力
こうした国家が目の前に存在する状況で、相手に攻撃をためらわせる「抑止力」を向上させるため、今回の3文書では初めて「反撃能力」の保有が盛り込まれた。
相手からミサイルによる攻撃がなされた場合、ミサイル防衛網により、飛来するミサイルを防ぎつつ、相手からの更なる武力攻撃を防ぐために、我が国から有効な反撃を相手に加える能力、すなわち反撃能力を保有する必要がある。(「国家安全保障戦略」)
自衛隊の戦力はあくまで防衛のための装備で、長距離ミサイルや戦略爆撃機、空母など他国を侵略する能力は保有していない。
現在、九州や南西諸島に配備されている対艦ミサイルは、陸上自衛隊の「12(ひとに)式地対艦誘導弾」だ。民主党政権時代の2012年に調達開始されたもので、射程は百数十キロしかない。
防衛省はこのミサイルを大幅に改良して、将来的には射程1000キロを超す「スタンド・オフ・ミサイル」にすることをめざしている。スタンド・オフとは相手の射程の外から攻撃できるという意味だ。
その場合の反撃対象は、あくまでミサイル発射基地などに限定される。
先ほどの警官のピストルの譬えになぞらえれば、こうした長射程のミサイルが配備されてはじめて反撃が可能となり、北朝鮮などの武力に対する「抑止力」となり得る。
現在はイージス艦と地上配備の迎撃ミサイルによる防空網で迎撃態勢をとっているが、北朝鮮は既に変則的な飛行をするミサイルや、レーダーで捕捉されない低空飛行型の巡航ミサイルの開発を着実に進めている。
あるいは、もし弾道ミサイルを大量に連発してくる飽和攻撃をされれば、ミサイル防空システムで完全に撃ち落とすことは難しい。さらに中国も2000発以上の中長距離ミサイルを保有し、ロシアも迎撃を避ける極超音速滑空ミサイルの開発を進めている。
これらの国々と日本のあいだで、相手は日本の領土に撃ち込めるが日本は相手の発射基地に届かないというミサイル・バランスの不均衡が続いているのだ。こうした不均衡が放置され拡大していけば、抑止力が失われ〝脅威〟が顕在化するリスクが高まってしまう。
あくまで脅威の顕在化を防ぐための「反撃能力」なのだ。
なお、日本が国産で射程1000キロを超すミサイルを開発・運用できるまでは相当な年数が必要で、その間の代替措置として米国のトマホーク巡航ミサイルなどを採用することになるとみられている。
「専守防衛」は一貫して不変
今回の3文書は、平和安全法制に基づくたてつけになっている。すなわち、反撃能力を行使できるのは、日本に対する武力攻撃が開始された時に、武力行使の「3要件」に基づいて実施されるものだ。平和安全法制が定めた武力行使の3要件とは、
①我が国に対する武力攻撃が発生したこと,又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し,これにより我が国の存立が脅かされ,国民の生命,自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること
②これを排除し,我が国の存立を全うし,国民を守るために他に適当な手段がないこと
③必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
である。
じつは専守防衛の概念のなかに敵基地攻撃能力が含まれることは、早くも1956年(昭和31年)の政府見解で示されている。
わが国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには、どうしても考えられないと思うのです。そういう場合には、そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思います。(1956年2月29日の衆議院内閣委員会/舩田中防衛庁長官による鳩山一郎首相答弁の代読)
ただ、当時は今の北朝鮮のようなミサイル攻撃のリスクがなかったから、〝政策判断〟として敵基地攻撃能力は保有しないという方針を採ってきた。その意味で、今回「反撃能力」を盛り込んだことそのものは日本の大きな政策転換ではあるが、専守防衛という基本姿勢そのものは一貫して変わっていないのだ。
「戦争国家づくり」というデマ
岸田首相は12月16日の会見で「相手からミサイルによる攻撃がなされた場合」をどの時点とするかは、さまざまな学説もあり自分の立場から公言は控えねばならないとした。そのうえで「先制攻撃は国際法違反であります」と述べ、国際法に照らして日本が先制攻撃と見なされる行為をすることはないと明言した(「岸田内閣総理大臣記者会見」12月16日)。
実際に日本が相手国への反撃をおこなう際も、相手側のミサイル発射の正確な位置情報や、次の攻撃の有無など、米国や同士国との緊密な協力と連携がなければ対処できない。
日本経済新聞は「社説」で「反撃能力」の保有について、
中ロや北朝鮮は変則軌道で飛ぶミサイルを開発し、多数を同時発射する能力も備えようとしている。
日本が持つ現状のミサイル防衛だけでは全てを迎撃するのは難しく、保有は妥当だと考える。(『日本経済新聞』12月16日)
日本経済新聞社の直近の世論調査では65%が反撃能力の保有に「賛成だ」と答え、5月調査から5ポイント上がった。国民の理解は広がりつつあるものの、なお丁寧な説明をすべきだ。(同)
としている。
安保関連3文書の決定は、なにより日本周辺の不安定化を回避して脅威を低減するためのものであり、「外交」を最優先として国際協調をめざすものだ。日本共産党などが言う「戦争国家づくり」など、およそ的外れなデマゴーグでしかない。
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