書評『台湾書店 百年の物語』――書店から見える台湾文化の1世紀

ライター
本房 歩

 本書『台湾書店 百年の物語』は台湾独立書店文化協会(2013年設立)が刊行した『台灣書店歴史漫歩』(2016年刊)が原著になっている。同書のうち、第1部「百年書店風華」と第2部・第2篇「地區書店漫遊」を原文に忠実に翻訳して再構成し、日本語版オリジナルの注釈と写真が追加されている。
 翻訳者名は「フォルモサ書院」で、(郭雅暉・永井一広)となっている。大阪・天神橋筋商店街にあるフォルモサ書院は、台湾関係の書籍を数多く扱う古書店。おふたりは夫妻で、永井氏は2012年から台湾で暮らし、帰国後の2018年に同店を開業した。
 翻訳では日本に留学経験のある台湾出身の郭さんが日本語訳し、永井氏が原文と見比べながら日本語のブラッシュアップを施したそうだ。共同作業なので翻訳者をフォルモサ書院名義とした。ちなみに「フォルモサ」とは美麗を意味するポルトガル語。大航海時代に台湾に出会ったポルトガル人がこの美しい島を「フォルモサ島」と呼んだ。
 版元となったH.A.Bの代表である松井祐輔氏は、出版取次会社勤務を経て書店を開業し、現在は個人レーベルのH.A.Bとして出版社、WEB書店、取次をおこなっている。日本語版もまた〝本に魅せられた人〟たちの手で生まれたといえる。

書き手は書店経営者ら

 日本は日清戦争の結果、1995年に清から台湾を割譲させた。1945年に日本が第二次世界大戦で敗れるまでの50年間、台湾は日本統治下にあった。
 本書は、その最初期から始まり、1920年代、30年代、40年代……と1世紀にわたって、台湾の書店事情を描いている。
 ただし、本書は学術書でもジャーナリズムでもない。それぞれの時代に台湾各地にあった書店について、台湾の書店経営者らが記述したものが中心になっている。序文では、すべての書店を網羅しきれていないことや、資料の信憑性を検証・判断できる立場でなかったことに言及したうえで、本書が第一歩となって将来、本格的な台湾書店史が登場することを期待している。
 さまざまな困難を乗り越えて、こうした書籍を編纂した人々、そこに協力した人々の労苦を尊く思う。
 そして6年の時を経て、この日本語版が誕生した。
 台湾の人々の親日ぶりはよく知られている。台湾好きの日本人も多くなってきた。
 本書でも明らかなように、台湾の近現代史や文化を語る際、50年間にわたる日本統治時代を避けて通ることはできない。日本統治時代は帝国主義による強権的支配の負の時代であったと同時に、行政、水利、交通、産業、法律、教育など、台湾に近代化の礎がもたらされた時期でもあった。台湾各地には、今も日本統治時代の近代建築や当時の日本家屋が数多く残る。
 一方で、日本の人々の多くは台湾が歩んできたここ1世紀あまりの歴史を、ほとんど知らない。
 大日本帝国の統治のなかで芽生えた、被支配者からの抵抗運動と台湾人としてのアイデンティティの希求。1930年代からの皇民化政策(日本による同化政策。日本語の使用、日本の氏姓、国家神道などが強要された)と書店の隆盛。
 敗戦による日本の引き揚げと国民党の台湾進出。多くの人々が大陸から台湾に移住し、大陸の書店も入ってきた。それまでの日本同化から一変して、台湾では中華文化の浸透政策が進められる。
 50年代に入ると「反共復国」のスローガンのもと戒厳令が敷かれ、言論検閲もおこなわれた。他方、教育と経済の発展に伴って教科書の需要は高まり、読書人口も増えていった。朝鮮戦争からベトナム戦争の時期に米軍が駐留すると、洋書やレコードを売る店も増えてくる。当時は洋書をコピーして販売することも違法ではなかったので、台北の書店には海賊版が溢れていく。

台湾の「独立書店」とは

 1970年に台湾の出版社は1200社に達し、そこから10年で2011社にまで増加したという。日本と同じく、この時期が台湾の書籍業界のひとつの絶頂期だった。世界文学全集やノーベル文学賞全集などが相次いで刊行され、台湾文学の発展にも精力が傾けられた。
 まだインターネットがなかった時代。書籍こそが情報のメインツールであり、書店を開けば1年で黒字化すると言われた。そして正規の実店舗の他にも、各地に雑誌や古書を扱う露店があらわれる。検閲で禁制品とされた書籍は、こうした露店から人々の手に渡り、静かに権威主義体制を変えていくエネルギーを社会に蓄えていった。
 80年代には、誠品書店に代表される大型チェーンストアが登場する。こうした大型店の登場に経営が圧迫されたのが小型書店だった。
 だが、その逆境のなかで、むしろ90年代に入ると店主個人の思想や主張を強く反映した個性の強い「独立書店」が各地に生まれていく。
 この「独立書店」という言葉は、大手の資本から独立した個人経営の書店という意味ではあるが、台湾の場合、独特のカルチャーを含んでいるように思われる。そもそも新刊書の販売だけでは採算が取れないという理由も大きいのだろう。台湾の独立書店は、古書や小物を扱っていたり、カフェを併設したりしている店も多い。
 この台湾の独立書店に関しては、2019年に邦訳が刊行された『書店本事 台湾書店主43のストーリー』(サウザンブックス)が参考になる。本書の執筆を担当した書店主らの何人かも、この『書店本事』に登場している。
 さて今日、日本と同じく台湾もインターネットの隆盛によって、書店業界は厳しい環境に置かれている。かつて台北の書店街だった重慶南路も、今では飲食店が中心のストリートになった。
 それでも台湾には独立書店が存続するチャンスはまだまだあるという。事実、かつての書店が経営者の引退などで次々と閉店していくなかにあって、近年も新しい書店が各地にオープンしている。海外渡航が再開した今、こうした台湾の書店をめぐる旅もまたお勧めしたい。
 本書は、タイトルそのままに書店の歴史を通した台湾の100年史だ。2020年代の今、台湾の街かどにある1軒の書店の背後には、活字を求め、活字に力を与えられ、活字を守り通した無数の人々の営みがある。そして、書店というものが規模の大小を問わず、常に時代のなかで文化や社会運動の揺籃になり得てきたことを実感する。
 書店という角度から台湾を知る好著であると同時に、日本の活字文化の未来を考えるうえでも、何か希望と責任のようなものを覚える一書だと思う。原著と邦訳版それぞれの刊行に尽力された関係者各位に敬意を表したい。

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