日中国交正常化50周年の節目に求められる政治の役割――公明党は憲法98条を守り日中友好関係促進の具体的な行動を

中部大学教授
酒井吉廣

 ペロシ米下院議長訪台の翌日(8月4日)、中国は日本がEEZ(排他的経済水域)と主張する海域にロケット砲を五発着弾させた。このタイミングでのミサイルの発射は、日本がペロシを歓迎することを批判する意思表示を目的とするものだろう。
 ウクライナ紛争開始から半年を経た中で、台湾海峡問題もクローズアップされてきた状況でのこの出来事は、日本にとって大きな事件と認識された。ただし、訪台に対する中国の反発のイメージが強すぎて、日本訪問を批判することへの意思表示という認識は日本ではされていなかったようである。
 本件については、今後の日中関係を考えるべく、楊潔篪中国共産党政治局員が8月18日、秋葉剛男日本国家安全保障局長を天津に呼んで、食事を交えて7時間という長時間の会議の中で話し合われた。
 米中関係の改善を模索し始めた中国にとって、東アジアにおける米国の軍事戦略に取り込まれる割合の大きくなった日本との関係は、長い歴史のある隣国として、避けては通れない領土問題の解決とともに重要な外交課題となっている。
 こうした中で、日本は中国の対日行動をどのように受け止め、またどのように対処していくべきなのだろうか。本稿では、その道筋を提案してみたい。

大原則は憲法第98条第2項の遵守

 日本国憲法第98条第2項は、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」としているが、この対象には当然1978年に締結された「日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約(日中平和友好条約)」も含まれる。
 その日中平和友好条約は、第1条第1項で、「両締約国は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に、両国間の恒久的な平和友好関係を発展させるものとする」ことを約している。
 また同第2項は、「両締約国は、前記の諸原則及び国際連合憲章の原則に基づき、相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し及び武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する」となっている。
 今回の中国によるロケット弾発射に対して、日本は遺憾の意を表明しているものの、中国は日本が自国のEEZと主張している海域は中国の海域だと主張しているため、日本にとっては尖閣諸島・釣魚島の領有問題と並んで新たな領土問題が発生したこととなる。
 従って、日本が早急に対処すべきことは、遺憾の意の表明などではなく、領土問題の解決に向けた議論の開始だ。国境の境界線を明確にしない限り、今後も同様の問題が生じることを避けられない。
 日中両国は、こうした現状を日中平和友好条約の精神に則って平和裏に交渉で解決していくべきであるが、残念ながら今の日本にその準備は出来ていない感じがする。自民党と連立を組む政権与党である公明党に期待したいのは、この話し合いを可及的速やかに始めるための行動だ。

挑発的とされる中国の言動を先読みした行動の必要性

 中国が日本に対して領土問題で厳しい態度を本格的に繰り返し示すようになったのは、日本が尖閣諸島を国有化した2012年9月以来である。その嚆矢となった同4月の石原慎太郎東京都知事(当時)による都の尖閣買収案をワシントンで直接聞いた筆者は、日中が新たな時代に突入することを感じたが、それは米国の東アジア研究者も同様だった。
 この発言は、1972年の周恩来、1978年の鄧小平が語った「棚上げ論(領土問題については将来の人々の知恵に任せよう)」に日本側が応じたままに続いてきた40年ほどの状況を変える転換点となり、ここから今に至る尖閣問題が始まったと言っても過言ではない。
 ここで、それ以前の日中両国の動きを一つずつ見ておきたい。
 1979年に日本のジャーナリストが海上保安庁の船で尖閣諸島に上陸した。彼は中国側の批判は全くなく楽しい経験だったと私に語ってくれた。この様子は、雑誌記事にもなっている。一方、2004年、中国人活動家が尖閣諸島に上陸した。しかし、彼らは日本政府によって島から退去させられた。
 二つの話の間には四半世紀の違いがあるが、より重要な違いは、2002年に尖閣四島のうちの3島を日本国が所有者と賃貸契約を結んでいたため、このうちの一つに上陸した中国人は日本国の保有する土地への不法侵入となったということだ。国際問題というよりは、外国人の日本国内における問題だった。
 つまり、日本は「棚上げ論」を基本原則としつつも、静かに日本の領土であることをデファクト化(事実上の標準化)しようと進めてきたのであり、その結果が、この二つの話の違いと言えるだろう。
 その延長線上にあったのが2012年の国有化である。しかも、当時の野田佳彦首相は国有化発表の直前に胡錦涛国家主席と会っているにもかかわらず、その時には黙っていたという事実が中国を一段と怒らせた。
 中国の立場になって考えると、2002年に日本国が賃借を始めた時点で、棚上げ論の約束を破られたと受け取っても不思議ではないし、強い反発を示してもおかしくはなかった。しかし、それに対する中国の対抗措置は、「日本は両国が納得する解決に向けた努力をすべきである」ということを分からせる行動だった。度重なる中国の海警(日本の海上保安庁に相当)の船が尖閣の領海に侵入するのもその一貫だと言える。
 今回の日本が自国のEEZと主張する海域へのロケット弾の着弾も、中国側は日本のEEZかどうかの画定はできていないと公表している。中国側の主張を前提とするなら中国のロケット弾発射は自国の領土内での問題であり、日本が批判すべき筋合いにはない、ということだ。
 従って、日本は中国との間の領土問題は、中国の動きに日本が後追いで対応するということを繰り返すのではなく、どちらの領土なのか、また境界はどこになるのかを自ら働きかけて、中国との間で早急に決める作業を進めることにつきる。これは両国に残された唯一の問題解決方法である。
 ここでも、政府与党である公明党が、やや過激化している自民党の人々を制する形で行動することが重要だろう。自民党が出来ないことを補完するのは連立を組む公明党の役割であり、また日中問題の良化に関係する話でもあるので、より公明党が行うべきことの一つだろう。
 核禁条約への対応を含めて、外交における自民党と公明党の役割分担は、日本の将来にとって重要だと感じる。

日本の外交に加えるべき公明党議員による議員外交(トラック3)

 公明党は、本年6月の核兵器禁止条約締約国会議に浜田昌良参議院議員(当時)を派遣した。来年の第2回締約国会議には日本政府のオブザーバー参加が期待されるところで、山口那津男代表も8月15日の街頭演説会でそう語っているが、それとは別に、公明党代表自身の参加など有力議員による議員外交の展開を考える必要があると筆者は思う。
 つまり、政府与党として自民党に呼びかけるという役割を維持しつつも、公明党自身が外交を主導するのである。もし、日本政府と与党公明党の代表が同時に参加するとなれば、世界が日本の本気度を通常以上に感じ取ってくれることは間違いない。
 日中関係も同様である。
 最近の公明党は親中派と目されて批判されることも少なくない。しかし、今こそ日中関係を増強していくためのパイプ役を果たせることをもっと主張すべきである。
 かつての日中間を取り持つ日本の政治家としては、1972年に国交回復を実現した田中角栄氏の後、自民党では野中広務氏、自民党から離れた政治家では小沢一郎氏がいた。野中氏には派手さはなかったが、明らかに中国の信頼を得ていた政治家であった。
 一方、小沢氏は、2009年に当時の民主党幹事長として民主党議員143人を含む600人と訪中をして、胡錦涛主席と会談した。ド派手なやり方である。しかし、今の彼に中国とのパイプ役を期待するのは無理である。
 なお、2015年には二階俊博自民党幹事長(当時)が民間人3000人と共に訪中し、習近平主席と歓談した。同じ年、公明党の山口代表は安倍首相の書簡を携えて習近平主席と会談した。この時の会談の写真は、北京郊外の盧溝橋にある中国人民抗日戦争紀念館に今も飾られている。日中国交の扉を開いた池田大作創価学会名誉会長の中国とのパイプはこうしたところに表れており、それは今も重要なことを意味する。
 外交には、政府によるトラック1、民間の専門家によるトラック2があるのが一般的だが、日中関係についてはトラック1しかなく、これが不調な場合にサポートする道がないのが現状だ。ちなみに、日本の超党派の議員連盟「日中友好議員連盟」は存在しているが、それ以上の役割を担える存在が、現在必要とされている。
 トラック2では、元首相の福田康夫氏が最も代表的な人物で、日中国交正常化50周年にも招待されているとされる日本の最重要人物である。しかし、高齢であることなどを考えれば、彼一人ではその任を負うのは容易ではないだろう。このため、公明党には議員外交を中国と開始することで、トラック3を築いていって貰いたい。

台湾海峡問題は日本とは無関係

 トラック1、トラック2、トラック3は、日中外交において補完しあう関係になるべきだ。また、日中国交正常化50周年を記念して議員外交をトラック3として始める場合、公明党が旗振り役をするとしても、自民党でも野党でも参加したい人には参加して貰うというオープンな考え方が良いだろう。
 ところで、中国との関係を考える際に重要なことの一つが、台湾海峡問題は日本とは無関係だという点である。
 今の日本の報道は「台湾海峡、波高し」と言わんばかりだ。しかし、米国ではワシントンを中心にこれに言及するのは台湾調整法を通したい議員とバイデン政権の一部のみで、全米レベルの世論という意味では特段の問題とはなっていない。このため、日本の独りよがりという感じがする。
 米国民が中国に対して不満に思っているのは台湾問題ではなく、コロナウイルスを世界に拡散し、その結果として多くの米国人も死んだことだ。だから米国の世論は反中なのだが、台湾海峡問題とは関係がない。
 ちなみに、日本は、台湾海峡で中国人民解放軍と台湾軍、また米軍が衝突しても何の関与も出来ない。日本国憲法第9条のもとでは、日本の危機に関係しない中での米軍への支援は不可能だからである。日米安全保障条約の解釈からも同様であり、また、台湾と中国の間での戦闘である限り、2003年に成立した有事関連3法(「事態対処法」「安全保障会議設置法の一部改正法」「自衛隊法等の一部改正法」)の対象ともならない。
 従って、一部のメディア等によって、あたかも台湾海峡有事は日本の問題であるかのような危機意識を日本人に植え付けられるのは回避したいところである。
 台湾海峡有事では、尖閣諸島や石垣島など台湾近海に位置する日本の領土へも戦闘が波及するという考え方、特に台湾軍を支援する米軍の沖縄にある基地へ中国軍が攻撃して、日本も火の粉を被るという考え方は可能性としてはあり得ない話ではない。
 しかし、それは中国が台湾への侵攻を行うことを前提としている話だ。果たして、習近平政権が一つの中国政策を受け入れている米国や台湾に対して、絶対的な勝利という確信を得られない中で行動に出るだろうか。人間は合理性の中で生きていると考えられている。重要なものは経済合理性、その次に軍事合理性、というところだろう。ウクライナ紛争が長期化する現実を見ている中で、そのような無謀な冒険をするとは思えない。
 しかし、次に示す点は決して忘れてはならないことだ。実は、人間は感情で判断している生き物なのである。中国の台湾進攻という行動には合理性はないが、感情とは厄介な物である。歴史を振り返っても、感情が合理性よりも優先されていることは明らかである。
 そして、その感情による行動は、世界に受け入れられない行動を続け、太平洋戦争に突入した日本を見ればよくわかるだろう。
 このあたりを読み取る能力が政治のリーダーに求められる資質ではないだろうか。自民党と連立与党を組む公明党に求められるのは、その資質である。

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さかい・よしひろ●1985年日本銀行入行。金融市場調節、大手行の不良債権問題を担当の後、信用機構室人事担当調査役。その後米国野村証券シニア・エグゼクティブ・アドバイザーを経て日本政策投資銀行シニアエコノミスト。この間、2000年より米国AEI(アメリカン・エンタープライズ研究所)研究員、2002年よりCSIS(米国ワシントン戦略国際問題研究所)非常勤研究員、2012年より中国清華大学高級研究員を兼務。2017年より中部大学経営情報学部教授。東日本国際大学客員教授、東京大学総長室アドバイザー、北京大学新構造経済学院客員研究員。専門分野はゲーム理論、国際関係論。日米中の企業の顧問等も務める。ニューヨーク大学MBA、ボストン大学犯罪学修士。