芥川賞を読む 第20回『ゲルマニウムの夜』花村萬月

文筆家
水上修一

暴力と性の圧倒的熱量に引きずり込まれる

花村萬月(はなむら・まんげつ)著/第119回芥川賞受賞作(1998年上半期)

凄まじい熱量で読者を引き込む

 第119回芥川賞は、ダブル受賞となった。そのひとつが、今や売れっ子作家の花村萬月の「ゲルマニウムの夜」だ。当時43歳。芥川賞受賞以前から既にその評価は高く、平成元年には「ゴッド・ブレイス物語」で小説すばる新人賞を、平成9年には「皆月」で吉川英治文学新人賞を受賞している。芥川賞受賞は満を持しての受賞ということになる。
        
――幼いころから途轍もなく素行の悪かった主人公の「僕」は、小学校高学年から中学卒業まで修道院兼教護院で暮らしていたが、卒業後はさらに悪さに磨きがかかりついには殺人を犯すことに。その逃亡先が以前暮らしていた同じ修道院だった。そこで畜農作業に従事する生活の中で、ひとりの修道女見習いの女と出会う。
        
 容赦のない暴力と執拗な性描写が、主人公の暗く重く歪んだ内面を描き出し、その凄まじい熱量のようなものが読む者を物語世界に強烈に引きずり込んでいく。その描写は、主人公の中に渦巻くヘドロのような重いものを、まるで嘔吐物を思いっきり吐き出すような激しさで描いているのだが、筆力の鮮やかさと深さによって、エログロになることなく文学として昇華され、仄暗い透明感さえ漂っている。
 こんな作品を書ける作家はどんな人生を歩んできたのだろうと思い、改めて調べてみると、なるほど凄まじい人生である。暴力、放浪、女、薬物中毒とアルコール依存等々、もし作家にならなかったら体を壊して死んでいるか、人に殺されているか、監獄の中だろう。
 選考委員の三浦哲郎は、こう評価している。

筆力という点でぬきんでていた。文章もしなやかで、どの場面の描写も力強くめりはりが利いていて印象的であった。これまた、作者にとって書かずにはいられなかった素材なのだろう、行間から激しい主張と怨念のようなものが脈々と伝わってくる。

宗教(キリスト教)のもつ偽善性を撃つ

 この作品のひとつのテーマは、宗教(キリスト教)のもつ偽善性に対する嫌悪感や蔑視だと思われるが、作品の評価を分けたのもまさにこの点だった。最も強く推したと思われる石原慎太郎は、こう絶賛している。

冒涜の快感を謳った作品で、カソリックに限らず現代の宗教のもつ偽善性を揶揄し馬鹿にして暴く主人公の徹底した、インモラルではなしに、ノンモラルは逆にある生産性をさえ感じさせる。文学こそが既存の価値の本質的破壊者であるという原理をこの作品は証そうとしている。

 ただ、宗教の偽善性を暴くという、古今東西多くの作家が挑んできた、重くて巨大なテーマを描き切れているかというと、いささか宗教に知見のある私としては納得し難かった。聖職者やそれを目指す者の背徳を描くというのは何も目新しいものではないだろうし、その偽善性がどこから生まれてくるのか、論理的なものが描かれないと、読み手に大きなものを残すことはできない。
 選考委員の黒井千次はこう指摘している。

全編のテーマである神の問題を引き受ける筈の告解をめぐる部分が、ほとんど会話のみで描かれていることにも不満を覚えた。この言葉のやり取りでは、テーマの重さを支え切れぬのではないか、との疑問が残る。

 ただし、実は、後に発刊された本作品を含む単行本『ゲルマニウムの夜』(文藝春秋)の巻末の「あとがき」で著者は、

この本におさめられた三つの小説(他「王国の犬」「舞踏会の夜」)は、宗教を描く長大な作品のごく一部分として書かれました

と述べているように、「ゲルマニウムの夜」は長編大作のイントロ部分としての作品だというのである。
 否定的な評価をしていた池澤夏樹は、選評のなかで

選考会の後で、これが実は長篇の最初の部分であるという記事を読んだ。それならば別の評価もある。短篇としての収まりの悪さと見えた部分も、長篇となれば先の方で解決されるかもしれない。(中略)では、その場合、短篇として読んだ者の立場はどういうことになるのか

と疑問を呈しているのだが、逆に、完成品とは言えない入り口の作品であるにも関わらず芥川賞として評価されたというのは、まったくすごいことである。ボクサーが、ストレートやフックではなしにジャブだけで相手を倒したようなものだ。その後、売れっ子作家となっていったのは、当然だろう。

「芥川賞を読む」:
第1回『ネコババのいる町で』 第2回『表層生活』  第3回『村の名前』 第4回『妊娠カレンダー』 第5回『自動起床装置』 第6回『背負い水』 第7回『至高聖所(アバトーン)』 第8回『運転士』 第9回『犬婿入り』 第10回『寂寥郊野』 第11回『石の来歴』 第12回『タイムスリップ・コンビナート』 第13回『おでるでく』 第14回『この人の閾(いき)』 第15回『豚の報い』 第16回 『蛇を踏む』 第17回『家族シネマ』 第18回『海峡の光』 第19回『水滴』 第20回『ゲルマニウムの夜』 第21回『ブエノスアイレス午前零時』


みずかみ・しゅういち●文筆家。別のペンネームで新聞社系の文学賞を受賞(後に単行本化)。現在、ライターとして、月刊誌などにも記事を執筆中。