著者と創価教育学の出あい
著者の渡邊弘氏は教育学、とりわけ日本の教育思想史の研究者。2017年から作新学院大学学長、作新学院大学女子短期大学部学長をつとめ、2020年には学校法人ねむの木学園理事を兼務する教育者でもある。
創価教育との出あいは、1994年に恩師である村井実・慶應義塾大学名誉教授がおこなった「創価教育学と教育の未来」と題する講演に招かれたことだった。浅草公会堂で開かれたこの講演は、牧口常三郎・創価学会初代会長の生誕123周年記念の行事だった。
この年から、著者は創価教育の研究をはじめる。
軍国主義が台頭した昭和の戦前・戦中の時代、日本の教育はもじどおり「国家のための臣民」をつくりあげるものだった。
しかし、その時代に「教育は子どもの幸福のためにある」との信念をもち、独自の教育理念を構築して実践し、命がけでそれを貫き通した牧口常三郎という教育者がいたことに、著者は深い感銘を受けたという。
そして、戦時下の「国家のための教育」という考え方は、戦後もそのまま引き継がれているのではないか。著者にはそれを憂う強い気持ちがある。
現在も続くご都合主義・場当たり的な「国家のための教育」を、真の「人間のための教育」へ転換し、システムを変革していく突破口こそ「創価教育」だというのが、著者の至った結論だ。
人間の幸福こそが教育の目的
本書は5つの「章」からなる。
第1章は、牧口常三郎の生涯の概観と、「創価教育学」の意味や特徴など。カント学派の「真・善・美」という価値に対し、牧口会長は「美・利・善」を打ち立てた。「真」に代わって「利」を置いたのは、人間にとって有価値であるかどうかを重視したからだ。
牧口会長は「美」と「利」を個人的価値とし、「善」を社会的価値とした。
牧口にとって、この「社会」という考えは重要であった。人間は決して個人一人で生活、生存することなどできず、社会とのかかわりのなかで、そして常にその恩恵に浴しながら生きることができるのである。したがって、その社会に感謝し、今度は社会道徳、公徳のために自らが何かを成していくことこそが、人間自身の真の幸福実現への道にほかならないし、教育の目的でもあるのだ。(本書)
なお、第1章には『週刊読書人』(2017年8月21日号)に掲載された、著者による『評伝 牧口常三郎』(第三文明社)の書評も再録されている。
創価教育の普遍性を読み解く
第2章は、この創価教育学の理念が、戸田城聖、池田大作という後継者のなかで、どのように継承され掘り下げられていったかについて言及した、著者の講演録が本となっている。
著者は、戸田会長、池田会長の著作や講演を丹念に読み込み、創価教育の精神の継承を、具体的に12項目にわたって論じている。
とくに現代社会のさまざまな課題を解決する方途として、池田会長がどのように創価教育を論じているかを簡潔かつ精緻に読み解いている点は高く評価されるものだろう。
本年(2021年)3月、著者は小説『新・人間革命』第27巻の読後感を「聖教新聞」に寄稿している(本書に再録)。
コロナ禍の今、教育現場は、子どもたちにとっても、教師にとっても、大変な状況にあります。ともすれば、どのような人間を育てるのかという目的を忘れてしまいがちです。だからこそ、教育の根本には、「正しい人間観」が必要なのです。(本書)
池田会長が結実させた創価教育
第3章は「池田大作第三代会長と創価教育の確立」と題し、創価教育の理念が具体的な創価一貫教育として、どのように結実していったかを追っている。
すぐれた教育理念を構想するだけでも稀有なことであるのに、創価学会の三代の指導者は、それを社会に開かれた一貫教育の機関として世界に展開させた。大学学長など学校運営の実務にも携わる著者には、それがどれほど困難なことか深く実感できているにちがいない。
しかも、池田会長は折々に教育者に贈る著作や「教育提言」「平和提言」を世界に向けて発表し、教育に関する具体的な提案を継続してきた。
本書では、これら池田会長の発信に対し、著者がそれらのどの箇所にどのように共感を覚え、問題意識を深めたかということが、応答として記されている。
これらを通し、創価教育の理念がすぐれた普遍性をもっていることに、読者はあらためて気づかされるだろう。
「国家主義の教育」からの転換を
第4章は、「現代に広がる創価教育の実践記録運動」と題して、現場の教師たちによる実践に光を当てている。
創価教育の実践内容はもちろん素晴らしいものですが、それと同時に牧口氏の『創価教育学体系』発刊からわずかの期間で、その思想や実践活動がこれほど世界中に広がったことに驚きを感じております。(本書)
最後の第5章は、公明党の研修会での講演録である。著者は、公明党が掲げている教育に関する公約を踏まえながら、その評価を具体的に述べている。
また、「国家主義の教育」がどのようなものかを解説したうえで、それとは対極的な「人間主義の教育」を示す。戦後教育では、幾度か「人間主義の教育」への萌芽が見られつつも、すぐに「国家主義の教育」に揺り戻されてきた。
こうした危機感をもったうえで、著者は「人間主義の教育」の真髄として創価教育の卓越した点を端的に述べている。
幼児教育や高等教育の無償化、教員の働き方改革など、公明党が主導して実現してきた昨今の教育政策に言及しつつ、大学が求められている改革や機能強化を論じている。政権与党に対して、現役の大学学長でもある教育学者が、「国家主義の教育」の誤謬と「人間主義の教育」の重要性をあらためて力説したことの意義は大きい。
本書は全体として、きわめて学術的で公正な視点から創価教育を論じていて、しかもそこに一貫して現在の社会課題、人類的課題とどう立ち向かうかという、著者の教育者としての強い問題意識が感じられる。
創価教育がなぜ「国家のための教育」から「人間のための教育」への変革の突破口になり得るのか。すぐれた学識者の四半世紀におよぶ研究の成果が、分かりやすく読みやすい一書として上梓されたことを喜びたい。
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