書評『東京の多様性』——パンデミックを超克するカギ

ライター
本房 歩

多様性と創造性は相関関係

 新型コロナウイルスの第3波が日ごとに勢いを増しつつあった2020年12月12日、東京・大岡山にある東京工業大学大岡山キャンパスで、真新しい建物の内覧会がおこなわれた(「東工大ニュース」2020年12月18日)。
 学生のための国際交流拠点TakiPlaza(正式名称はヒサオ・アンド・ヒロコ・タキ・プラザ)で、地上3階、地下2階。設計は隈研吾建築都市設計事務所。同大学の卒業生で「ぐるなび」会長などをつとめる滝久雄氏夫妻が寄付をした。
 当初、滝氏は建物の完成を記念して〝留学生を大切にする〟ことを呼びかける書籍の出版を考えていたという。だが、それは〝多様性を大切にする社会〟につながることだと気づき、「多様性」をテーマにした本書(『東京の多様性』)の出版にいたったという。
 編者となった滝氏は、「あとがき」で次のように述べている。

 多様性と創造性は相関関係にあります。私は、その根底に「考える自由」の守られた環境があるのではないかと思っています。新しい発想を取り入れたイノベーションを起こすには、国家や常識にとらわれることなく、自由に考えることができる環境が必要です。

 本書の構成は、まず第1章で独立研究者/著作家の山口周氏が「東京の多様性の現在」と題して、コロナパンデミックがもたらしつつある都市の変容と、人々の新しい生き方の選択肢の可能性に言及する。
 コロナパンデミックによって図らずも露わになったのは、東京(に象徴される日本の都市的生活スタイル)が、これまでいかに多様性を欠いてきたかである。
 第2章は、隈研吾(建築家)、ドミニク・チェン(情報学研究者)、李晶王(画家・美術家)、ニコライ・バーグマン(フラワーアーティスト)、レスリー・キー(写真家)、フジコ・ヘミング(ピアニスト)、大友克洋(漫画家・映像監督)、トーマス・フレベル(シェフ)、大隅良典(分子生物学者・細胞学研究者)の各氏へのインタビュー。
 第3章は1987年生まれの経済思想家・斎藤幸平氏が「留学の歴史と未来」という論考を寄稿。最終章では、編者である滝久雄氏が「多様性が創造性を生む」と題した論考を寄せている。

フェイスブック社の判断の意味

 本書は「東京の多様性」と題されてはいるものの、ことさら「東京」の話に限定して語った書籍ではない。
 明確に「東京の多様性」について論じた山口氏の第1章も、コロナパンデミックで東京に生じた変化を通して、東京ではない地域の新しい可能性に言及し、輻射する形で東京の新しい可能性が語られている。
 山口氏は、都市というものが効率化を最優先に求めて構築されてきたことを指摘する。物理的に密集することが情報の伝達効率を上げるからである。大企業のオフィスは東京の、しかも特定の至便なエリアに集中する。人々は、そこへの通勤の効率を前提に住居を定める。
 ところが、コロナパンデミックによってリモート化が大きく進んだ。業種によっては、もはやコロナ後もリモート化してよいと考えはじめている。完全なリモートでなくても、出社する日が週に1日とか2日になるだけで、人々のライフスタイルは大きく変化する可能性があると山口氏は考える。
 同時にそれは都市中心部の昼間就業人口の大幅な減少をもたらすから、オフィス需要や飲食産業の需要にも大きな変化が生まれるだろう。
 仮に週に1日の出社でよいなら、湘南や軽井沢、あるいは京都で暮らして東京のオフィスに通うこともありえる。逆に東京で暮らして週に1度だけ札幌のオフィスに出社するというスタイルもありえる。外国の企業に勤務しながら東京で暮らす外国人も増えてくるだろうと山口氏は指摘する。
 米国のフェイスブック社は「永続的なリモートワーク」を社員に認めると発表した。

「永続的なリモートワークを認める」ということは、全世界のどこにいてもフェイスブック社で働ける、ということです。これを逆に言えば、フェイスブック社は、世界中の才能ある人たちすべてに、フェイスブック社で働く機会を開くということなのです。(第1章)

 これまで暗黙のうちに自明のものとされていた、勤務地と居住地の接近という社会のあり方は、コロナパンデミックによる物理空間から仮想空間への移行によって、根本的に変化していくのかもしれない。
 つまり地方にある企業にとっても、東京はもちろん世界中から優秀な社員を獲得できる時代が到来しているのである。

新しい生き方を模索する好機

 第2章でインタビューに応じた9人の顔ぶれは、それ自体が多様なバックグラウンドを持つ多様な才能/職業に彩られている。
 ドミニク・チェン氏は、これまで日本には一時的なインバウンドは増えても長期滞在者が増えなかったことについて、「人種差別的な言動を繰り返す政治家」が存在することへの懸念を指摘している。
 そして、異なる他者に対する倫理を内発させるものとして、自分にとってはそれは「好奇心」だと述べている。
 LGBTの人のカミングアウトフォトを撮る「OUT IN JAPAN」という企画で全国の3000人ほどのポートレートを撮ってきたレスリー・キー氏は、この企画が各地の首長や地方政治家に同性婚について考えてもらう狙いもあるという。
『童夢』『AKIRA』などで知られる大友克洋氏は、グローバル化が進む中で大事なのは、その国独自のものをつくることだと語る。
 編者である滝氏は、これら9人の創造者の共通項として、異質なものや知らないことを排除せず受容し、自らの手で進化させていくことと述べている。
 そして、新型コロナウイルスのパンデミックを経験している現在の世界が、分断に向かうのか連携し協調に向かうのかは、私たち一人ひとりに突きつけられている重大な問題であり、「新しい生き方を模索する好機」だととらえている。
 なお、本書は造本デザインにも独特のこだわりを見せていて、透明なビニールカバーを外してみるとそれがよくわかる。ぜひ手に取ってみてほしい。
 東京の人にも地方の人にも、あらゆる世代に読まれるべき書籍だと思うが、とりわけ10代の人々にこそ読んでもらいたい一書だと感じた。

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