戦争が空手家たちを襲った時代
県民の4分の1以上が命を落としたとされる1945年の沖縄戦から75年の節目を迎えた。前年10月に那覇市内を中心に襲った米軍機による「10・10空襲」を皮切りに、それから半年もたたない4月1日からの沖縄本島への上陸。その後はこの島のすべてが「戦場」となった。
戦後、世界に広がった空手が沖縄発祥の武術であることは、最近では比較的知られるようになったが、その空手を保持した空手家たちもこの時期に多くが命を落とした。
例えば米軍が沖縄本島に上陸する前日の3月31日、米軍の艦砲射撃によって亡くなったと見られる新里仁安(1901-45)は、空手の最初の流派として知られる剛柔流を開いた宮城長順の後継者と目されていた有力な弟子の一人だった。さらにチャンミーグァーの愛称で知られた武人の喜屋武朝徳(1870-1945)も、戦後まもない9月20日、石川収容所内で栄養失調のため亡くなっている。
本土終戦の日は8月15日として知られるが、沖縄戦の終結は、総司令官が6月23日に自決した段階で公式な戦闘は終わり、その後米軍が沖縄作戦の終了を宣言する7月2日までと、本土とは時間差がある。米軍は逃げまどう大衆を一時的に収容する臨時キャンプを島内の10数か所に設置、石川収容所はその中の一つだった。
那覇市を中心とする街並みは面影をとどめないほど軒並み破壊し尽くされ、家族は生き別れ、その日の暮らしをつなぐことだけで精一杯の日々を送った沖縄県民。戦後はその土地の多くが米軍のために接収された。このとき生き残った45万の民衆が、戦後の沖縄を再建する原動力となった。
当時、空手をやっていたお蔭で生きながらえることができたとの感謝の念を抱いた空手家は少なくない。武人として知られた宮城長順(1888-1953)は、グラマン機が発する銃砲の下を空手の歩法で巧みにくぐり抜け、戦後に命をつないだ。自分が死ねば、師匠の東恩納寛量(1853-1915)から受け継いだ空手の奥義が失われてしまうとの切迫感があった。
首里手の本流である小林流を開いた知花朝信(1885-1969)も、空手のおかげで生き残ることができたと、戦後に信頼できる弟子に語りかけている。
戦後の沖縄空手界を背負った中心者
当時、沖縄県警に勤務する警察官だった長嶺将真(1907-97)は、住民避難を指揮しながら激戦地となった南部に転戦した。銃弾・砲撃の雨の中を逃げまどいながら、職務遂行を試みた。
比嘉祐直(1910-94)は、収容キャンプで人びとを元気づける活動をつづけた。
上地完英(1911-91)は従軍しながら、沖縄を守る戦いに連なった。
八木明徳(1912-2003)も、警察官として、久米島で住民擁護の仕事に従事した(戦後まもなく税関職員に転出)。
4人は長嶺将真を筆頭に、2学年下の比嘉祐直、4学年下の上地完英と八木明徳というふうに、ほぼ同世代に位置する。明治時代が終焉を迎えようとする同時期にこの世に生を受け、大正、昭和、平成と4つの時代を空手一筋に生き抜いた点で共通する(ほぼ20世紀に重なる)。
戦後の沖縄空手界は、沖縄戦で生き残ったこの4人を「軸」に形成された。それぞれが沖縄伝統空手の4大流派の事実上の流派長またはそれに近い立場で、時代を担う形となったからだ。列記すると以下のようになる。
長嶺将真―― 松林流(首里・泊手)
比嘉祐直―― 小林流(首里手)
上地完英―― 上地流(那覇手)
八木明徳―― 剛柔流(那覇手)
なかでも長嶺将真は、戦後の沖縄空手界で最初の横断組織となる「沖縄空手道連盟」の初代会長・知花朝信を支える副会長を務め、さらに8年間におよぶ異例の長さの会長職を務めるなど、沖縄空手界の要職を歴任し、組織上も空手の理論家として地元拳士らの信望を集めた。さらに1981年には競技化の道を開くため、自ら泥をかぶってもいる。
そんな長嶺の生涯をたどれば、そのまま戦後沖縄空手界の歴史を振り返ることにつながるのではないか。この短期連載はそんな発想からスタートしている。
沖縄が誇る幾多の文化の中で、いまや空手ほど世界に広く認知されているものは珍しい。過去における薩摩藩の圧政と、中国文化を容易に取り入れることが可能であった立ち位置から独自に発達した〝身を守るための護身術〟であったkarateは、いまやスポーツとしても、オリンピック競技に取り入れられる時代となった。
沖縄に根ざす固有の文化を体現した空手に生涯をかけた人物として、長嶺将真の人生にスポットを当てたい。
【WEB連載終了】長嶺将真物語~沖縄空手の興亡~
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【WEB連載終了】沖縄伝統空手のいま~世界に飛翔したカラテの源流:
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