ことばと姿を「見て」ほしい
全米で30万部のベストセラーとなった本。
邦訳は2019年に出版されたが、日本でもじわじわと評判が広がり、コロナ禍にある本年5月、11刷となった。
新型コロナウイルスの感染拡大は、人々の日常にさまざまな影響を与えた。時差出勤やリモートの推奨など働き方も変わった。
第2波、第3波の襲来が確実視されているなかで、緊急事態宣言が解除されたからといって、あっさり元の日々には戻れない。
職を失った人や、これまでの職場を閉じざるを得なかった人もいる。
また、子育てや家族の介護などをしながら働いてきた人々は、より大きな困難を強いられた。とりわけ、女性たちが抱えた負担は大きかっただろうと思う。
本書は、自分で仕事を始めた女性たち112人を紹介するものだ。
著者のグレース・ポニーは、「あなたへ」と題したまえがきの冒頭で、こう綴っている。
「見たことがないものにはなれない」。これは、社会活動家マリアン・ライト・エデルマンのことばです。まったくそのとおり。だから私はこの本で、インタビューした女性たちの「ことば」と「姿」の両方を「見て」もらうことにしました。
350ページ余の本書は、まさに「読む」というよりも「見る」ようにつくられている。ウエブサイト、あるいはSNSが、そのまま紙の本になったようでもある。
あらゆるものがウエブになっていく時代にあって、それでもなお紙の媒体のほうが伝わりやすいものがある。そういうことを信じさせてくれる本でもある。
「お手本」の多様さ
もうひとつ、新しい時代を感じさせるもの。それは、ここに登場する112人の多様性だ。
これまで、アメリカのビジネス書などに登場する起業家の女性たちは、たいてい「若い」「白人」の女性ばかりだった。実際はそうではないにもかかわらず。
グレース・ポニーが選んだのは、そうした実際の多様な女性たちだ。それがそのまま、読者にとって選択肢が広がることになるからだ。
年齢層もさまざま。有色人種はもちろん、心身に障がいを持った人、あるいはLGBT。起業した動機も職種も、じつにバラエティーに富んでいる。
邦訳版が1年で十数回の重版になっているのも、本書が日本の女性たちにとって身近な「お手本」と感じられるからではないだろうか。
最初のページに登場するのは、インテリアデザイナーのダニエル・コールディング。
グレース・ポニーの質問は、どの人に対してもほぼ毎回同じ。
「子どものころの夢は?」
「駆け出しのころ役だったアドバイスは?」
「仕事場のお気に入りポイントは?」
「キャリアや仕事のために払った最大の犠牲は?」
「あなたにとって成功とは?」
「自分でビジネスを始めて得た最大の教訓は?」
「自信をなくしたり逆境に陥ったときの立ち直り法は?」
「自分らしく好きなことをしようと奮い立たせてくれる座右の銘は?」
「今の仕事を知ったのはいつ? なぜ惹かれた?」
「世の中にもっとあってほしいものは? 減ってほしいものは?」
「自分の性格でいちばん自慢できるところは?」
「長い1日を終え、家に帰ってから楽しみにしていることは?」
女性たちの答えは、短ければ1行ないし数行。長くても10行ほど。とてもシンプルで、それだけに1人1人の個性やバックグラウンド、価値観、信念が際立っている。
不安や悩みを越えて
たとえばファッションデザイナーのナタリー・チャニンは、「ミスから学んで成功につながったことはある?」という問いに、こう答えている。
最初の会社を畳んだときは、この世の終わりみたいな気持ちだった。でも実はそれが、ミスを生かしてもっと持続可能なモデルをつくれる(つくろうと努力する)、新しい会社の始まりだったの。
アーティストでデザイナーのアミーナ・ムッチオーロは、「成功とは?」と聞かれて、こう答える。
自分を愛して受け入れること。自分の創造性で周囲にいい影響をもたらすこと。
東日本大震災のときに「ハンドメイド・フォー・ジャパン」というチャリティーイベントを立ち上げ、10万ドル以上の義援金を集めた陶芸家のアユミ・ホリエ。
「夜眠れなくなるような悩みや不安はある?」という質問に、
このまま続けていけるのかというのが悩み。年齢に合わせてビジネスモデルをどう変化させていったらいいか。この仕事は肉体的にきついけど、体をすこやかに維持して、大事な作業を他人任せにせず、つくり手としてずっとやっていきたい。
と率直に答えている。
もちろん、登場するのはどの人もすでに成功を収めた女性ばかりだ。そして、職業や肩書も、多くがアーティストであったり作家であったりシェフやホテルオーナーだったりと、読者からすれば〝浮世離れした〟存在に思えるかもしれない。
けれども、彼女たちが語るシンプルな言葉は、そうした表面的な差異を超えて、どんな立場の女性にとっても意味のあるもの、何か通じ合うものになるはずだ。
なにより、数えきれないほどの葛藤や挫折を味わい、不安な夜を過ごし、それでも自分の人生を切り開こうと格闘し続けてきた彼女たちの、輝く表情を見てもらいたい。
最後のページをかざる木工作家のアリエル・アラスコ。
「座右の銘は?」と問われて、ひとこと答える。
「そのまま行け」
『自分で「始めた」女たち ――「好き」を仕事にするための最良のアドバイス&インスピレーション』
価格 2,000円+税
海と月社
2020年5月30日発売
→Amazon
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