「緊急事態宣言」全国へ
4月16日の夕刻、安倍首相はこれまで7都府県に発令していた「緊急事態宣言」の対象地域を、5月6日まで全国に拡大する旨を発表した。
現時点で日本における新型コロナウイルスの死亡者数は低く推移してはいるが、まだ感染拡大の初期にあるというのが多くの専門家の認識だ。
前日の15日、厚生労働省のクラスター対策班からは、かなり衝撃的な数字が発表された。
新型コロナウイルスの感染防止策を何も行わなかった場合、流行が終わるまでに国内で約85万人が重篤な状態となり、半数の約42万人が死亡するとの推計を、厚生労働省のクラスター対策班が15日、明らかにした。政府は外出自粛要請などの対策を既に取っており、実際にこれだけの死者が出るとは考えにくいが、警鐘を鳴らす狙いがある。(「共同通信」4月15日)
4月末からの大型連休を前に、「緊急事態宣言」が発令されている地域と発令されていない地域があることは、かえって人々の安易な移動を促し、地方への感染拡大に拍車をかけかねない。
また、対象地域を全国に拡大した背景には、北海道、茨城県、石川県、岐阜県、愛知県、京都府の6道府県でも、7都府県と同程度に蔓延が進んでいる状況に、専門家会議が強い懸念を示していたことがある。
官邸に乗り込んだ山口代表
一方、同じ16日の午後、安倍首相はもう一つの大きな決断を下した。
すでに7日に閣議決定していた補正予算案に組み込まれていた「収入が減少した世帯を対象に30万円」の現金給付を取りやめ、所得制限を設けずにすべての国民1人あたり10万円の一律給付を決めたのだ。
もともと与党内でも公明党は、この「一律10万円給付」を3月末の提言で政府に申し入れていた。
政府が決めた「所得が減少した世帯に30万円」は、複雑で分かりにくいうえ、算定する現場に大きな負担をかける。
しかも、収入半減世帯を対象とした場合、たとえば夫婦2人暮らしで60万円が30万円に減少した世帯は対象になっても、4人家族で50万円が26万円になった世帯は対象にならないなど、実情に合わず不公平感が著しい。
15日の午前、公明党の山口代表は首相官邸に乗り込んで安倍首相に直談判した。
山口氏は会談で「緊急事態宣言を発してから、広範な深い影響が社会経済に及んでいる」と指摘。10万円の給付で「先が見通せず困っている状況に、その励ましと連帯のメッセージをしっかりと伝えるべきだ」と要請したという。(「朝日新聞デジタル」4月15日)
同日の与党の幹事長・政調会長会談で、自民党側がなおも強硬姿勢を見せると、公明党側は補正予算の審議日程や内容を協議する衆院予算委員会理事懇談会、衆院議院運営委員会の理事会への欠席を通告。
山口代表は16日の午前にも首相との電話会談で、重ねて「一律10万円」を強く迫った。
その後、テレビカメラも入った公明党の中央幹事会で山口代表は、
今回の補正予算案で、届く範囲が極めて限られる30万円の給付をやっても、どれだけの国民の支持が得られるのか。もっと広く対応できる一律10万円の給付を補正予算案を組み替えて実行すべきだ。
政治の意思決定をスピーディーにやれば、補正予算案を組み替えたとしても月内に成立させることは不可能ではない。一刻も早い政治決断が必要だ。(「NHK WEB」4月16日)
と表明。
この直後に、安倍首相は麻生財務大臣、自民党の二階幹事長、岸田政調会長らを官邸に呼んだ。
安倍総理大臣は、公明党の要請を踏まえ、現金10万円の給付を実現するため、補正予算案を組み替える方針を自民党の幹部に伝えました。(「NHK WEB」4月16日)
公明党が抱いた危機感
17日に官邸で国民への会見を開いた安倍首相は、
長期戦も予想される中で、ウイルスとの戦いを乗り切るためには、何よりも、国民の皆さまとの一体感が大切です。国民の皆さまとともに乗り越えていく。その思いで、全国全ての国民の皆さまを対象に、一律に1人当たり10万円の給付を行うことを決断いたしました。(「産経新聞WEB」4月17日)
と述べたうえで、混乱を招いたことは自身の責任だと陳謝した。
公明党が予想外の強い姿勢で首相に翻意を迫り、最終的に首相が批判を覚悟で〝英断〟を下した背景には、直近の世論調査でいずれも内閣支持率が数ポイント下がったことと、連立における公明党の重みがある。
連立政権における公明党の存在は大きい。自民党は19年参院選で参院勢力が単独過半数を割った。公明党が「拒否権」を発動すれば政権への打撃は大きい。かつて低支持率にあえいだ森内閣の末期にも公明党は政権を揺るがす力を発揮した。当時の神崎武法代表ら公明党は参院選を控え「森おろし」の先陣に立った。(『日本経済新聞』4月16日)
一方で公明党が異例とも思われた対応に出たのは、ウイルスとの闘いが長期化を覚悟しなければならないなかで、このままでは社会に大きな分断が起きるという強い危機感を抱いたからだろう。前出の、
先が見通せず困っている状況に、その励ましと連帯のメッセージをしっかりと伝えるべきだ
という山口代表の首相への言葉は、それを強く示している。
その後、安倍首相が会見で語った、
国民の皆さまとの一体感が大切です。国民の皆さまとともに乗り越えていく
という呼応した言葉は、この公明党の危機感を受け止めたものだ。
社会の分断を回避せよ
不安が広がる社会では、大声で過激な主張をするリーダーが支持を集めやすい。
世界的ベストセラーとなった『21世紀の啓蒙』の著者スティーブン・ピンカーは、
人々が自国を燃えさかる巨大なごみ箱のようなものだと信じてしまうと、「失うものは何もないだろう?」と扇動政治家が繰り返し訴えれば、容易にそれを受け入れるようになる(『21世紀の啓蒙(下)』)
と警告している。
日本共産党の小池書記長などは早速、首相が「一律10万円」給付に方針転換したことを「内閣総辞職に値する」などと煽り立てている。
新型コロナウイルスのワクチンの開発までには年単位の時間が必要といわれており、世界全体が当面のあいだ、経済活動を締めたり緩めたりを繰り返しながら、このウイルスに立ち向かっていくしかない。
今回、山口代表はまさに捨て身の覚悟で首相の判断を諫め、撤回させたわけだが、結果的に野党が要求しながらも実現できずにいたことを首相に決断させた。
公明党は〝手柄〟を望んだのではなく、真の意味で幅広い国民の合意形成を実現させたといえる。
不安や不満を増幅させ、社会を分断することで求心力を得ようとする者は、この機に乗じて今後も次々と湧いてくるだろう。
私たちは賢明に、そうした煽動に足元をすくわれないようにしなければならない。政権内に公明党が存在することの意味は、これまでにも増して大きくなっている。
新型コロナウイルス特集:
新型コロナウイルス特集①――「日本型対策」の成果は?
新型コロナウイルス特集②――〝陰謀論〟を語る人々
新型コロナウイルス特集③――公明党の対応が光る
新型コロナウイルス特集④――「緊急事態宣言」が発令
新型コロナウイルス特集⑤――本領を発揮する公明党
新型コロナウイルス特集⑥――一律10万円の現金給付へ
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