僕は、子どものころから家で犬を飼っていて、結婚して家を出るまで、犬のいなかったことがなかった。ところが上京して妻と暮らすようになったアパートはペットを飼うことができなかったので、長く犬のいない生活を送ることになった。
犬がそばにいないので、犬の映画を見たり、犬が主人公の本を読んだりするようになった。そのなかで、名作だとおもったのが、『ハラスのいた日々』だ。著者は、ドイツ文学者の中野孝次。翻訳だけでなく、小説、エッセイ、批評の執筆と幅広く活躍した。
ハラスは、子どものいない中野夫妻の家に来た犬のことだ。「HARAS」(ハラス)――ドイツ人が大型のシェパードにつけることが多い名だという。思いがけず庭付きの家を新築することになり、義妹にお祝いは何がいいか、と訊ねられ、ふと、犬がいい、と応えた。
やって来たのは、大型のシェパードではなく、柴犬の子どもだった。中野は、散歩の相棒にと軽く考えていたのだが、そのうち「たんなる犬以上の存在」になった。作品は、小説仕立てで、その過程をすぐれた文章で綴っていく。
初めてハラスを引き取りに行ったとき、親兄弟から離されて大暴れし、水も食物も口にしない。考えあぐねて、冷蔵庫から生の牛肉を持って来て与えたら、やっと食べた。
食い終わって、ようやく落着きをとりもどし、椅子の上にちょこんと坐っている姿は、なんとも可愛らしい。わたしたち夫婦は子供がいないので、まるで突然子供をさずかったかのようである。そしてそのとき初めて犬に向かって気持が流れだしてゆくのを覚えた。
そうなのである。犬のいのちを感じたとき、実は、彼は家族の輪の中に片足を入れているのだ。これは飼った者でないと分からない。僕は、このあたりから、ああ、いい作品だなという予感がした。
ハラスは自然と家のなかで飼われるようになった。ところがある日、粗相をしてしまった。居間の隅に排尿したのだ。中野は、犬が悪いことをしたら、その場ですぐ叱らないといけない、という先人の鉄則に従い、きびしく叱って物差しで3、4度尻を叩いた。
ハラスは激しく吠えて抵抗したが、その後、決して家のなかでは排尿しなかった。犬は賢い。叱られたことは憶えている。中野がハラスに体罰を与えたのはこのときと、のちに庭の犬小屋で飼うようになって、夜遅くに鳴いたときの2度だという。
ハラスは成長していく。飼い主とボール遊びをするようになる。中野は、そのときの感慨を歌人・平岩米吉の歌に託している。
マリ投げて遊べとさそふ若犬の眼の輝きはさやけかりけり
そして、こう述べる。
まさにこの歌のとおり、生のなかばを過ぎ、いのちの果てに向かって下りつつあることを意識しだしたわたしに、ボールを投げあげて遊べと誘うハラスの「眼の輝き」は、それがそのまま「いのち」の輝きのように感じられたのであった。
うーむ。これも飼った者だけが分かる「犬あるある」だ。飼い主が投げたボールを、走って行って咥え、尻尾を振りながら戻って来るその姿の愛らしさったらない。抱きしめて「よしよし」と撫でてやりたい気持ちは、至福の感情である。
この賢く、愛らしいハラスが、突然、失踪してしまう。ハラス11歳。中野夫妻は志賀高原でスキー教室を開いている知人に誘われ、ハラスとともに車で出かけた。ある朝、ハラスの姿が見えないことに気づいて探し回るのだが、どこにもいない。
有線放送で呼びかけ、新聞チラシを用意し、懸命の捜索を続ける。しかし、いない。
彼が私たちとくらし始めて十一年間、私たちの感覚の中にはつねに彼があり、彼につながる感覚の糸がそのまま私たちの生を織りなしていたのです。むろん彼とてただの犬っころにすぎず、この世には何十何百万匹の犬がいるわけですが、私たちの生とじかにつながっているのは、ハラスと名付けたあの犬しかないと思い知らされるのでした。
これが、犬が家族になるときである。いや、すでに家族にはなっているのだが、いなくなって初めてそのことに気づくのだ。
結局、数日後に山で迷子になっていたハラスは帰って来る。
陰画のようだった灰色の世界に、急に色彩が戻ってきました。
うん、うん、そうだろう。ハラスは、水を飲み、豚肉をむさぼり、こっくりこっくりしはじめる。犬なりに安心したのだ。この失踪のくだりは、作品の頂点だ。「子ども」を失いそうになった「親」の気持ちが、とてもよく描かれている。スリリングでさえある。
さて、その後、ハラスは近所の紀州犬に襲われて重傷を負い、それでも回復して、家族を喜ばせるが、13歳になって悪性の腫瘍で旅立つ。夫妻は、遺体を2晩そばに置いて通夜をしたという。
犬は、古くからの人間の友といわれる。しかし友どころか飼ってみれば、もう家族になる。そういう関係になっていく過程が、実に、自然に、巧みに描かれている。これは犬本の名作ですね。
参考文献:
『ハラスのいた日々』(中野孝次著/文春文庫)