これからの2年が勝負

【ファイル4】 チューバ奏者 三木博士(25歳)

最初はアルトサックス希望だった

miki001――チューバを始めたきっかけは、なんだったんですか?

 中学に入ってすぐに、仲の良い友だちが「吹奏楽部に入る」と言ったので、その子に付いて一緒に入部したんです。それまで音楽にはまったく興味はなかったんですけどね。
 楽器のことはよくわからなかったので、最初はただかっこいいというだけの理由でアルトサックスを希望しました。だけど、僕の希望は通らなくてチューバになったんです。チューバは名前を聞いたことがあったので、適当に第3希望くらいで選んだんですよ(笑)。
 でも、吹奏楽部に入部してから1ヵ月後くらいには、もうチューバに夢中になってました。昨日まで吹けなかった音が吹けるようになったりする過程が、ものすごく楽しかったんです。
 それで、中学2年生くらいの時には、将来チューバで生計が立てられたら幸せだなって思うようになりました。

――高校でも吹奏楽に入ったんですか?

 一応入部はしたんですが、音大に進学しようと思っていたので、2年生に上がった頃からは受験の準備のために部活には行かなくなりました。その代わり音大の先生の個人レッスンを受けに、月に1度か2度、大阪から東京まで通っていましたね。
 それ以外にも、普段は授業が終わって帰宅すると、家の近くの河川敷に行って練習をしていました。夜中の2時まで吹いていたこともありました。今考えると近隣の人には迷惑な話ですけどね。

――音大に行ってもプロになるのはすごく難しいようですが、その頃にはもう音楽家になるつもりだったんですか?

 プロになる気でいましたね。ただ、母親の友人に音大を出て作曲家をしている人がいて、その人からはよく「本当に大変だから、考えた方がいいよ」と言われていました。でも、まあなんとかなるだろうって思ってましたね。卒業したらすぐにオーケストラに入れるもんだろうって、何の根拠もなく考えてました。

1年間のスランプ

――プロを目指して音大に進むことについて、両親から反対はされなかったのですか?

 されませんでしたね。両親は、友人に音楽の仕事で成功している人がいたので、「やりたいなら、やればいいんじゃないか」って。

――自分自身は進路について思い直したことはありませんでしたか?

 ありましたよ。大学に入ると、高校の時とは違って音楽だけに没頭できるので、最初の1年は急激に上達しました。その頃は、「このまま行けば、間違いなくプロとしてやっていけるだろう」と思っていました。でも、2年生のある時期から、徐々にまともな音が吹けなくなってしまったんです。
 当時は、考えれば考えるほどわからなくなるというか、深みにはまってしまうような感じでした。いわゆるスランプですよね。
 そんな状態が1年近く続きました。その時はさすがにプロを諦めようかなと思いましたね。
 3年生になった頃からは、周囲にも一般企業への就職活動を始める人たちが出てきたので、僕も音楽関連の就職本のようなものを買って、情報収集をしていましたよ。

――それでも、最終的には諦めなかったんですね。

 悔しいなと思ったんです。例えば、本当に就職活動に転向するとしても、音楽しかやってこなかった僕が大手企業に行けるわけがないじゃないですか。現実的なところで言えば、楽器屋とか楽譜屋に就職できれば御の字ですよ。
 でも、仮にそういうところに就職できたとしても、そこではこれからプロを目指す若い子たちと接することになるわけですよ。そう考えた時に無性に悔しくなってきたんです。
 それで、やはりなんとしてもプロという土俵には立ちたいと思うようになりました。きっと野心が強いんでしょうね。そこからは1からやり直すつもりで練習に励みました。

昨日より少しでも上手くなること

――卒業後は、音楽の仕事だけで生計は立てられていますか?

 全然立てられていないですね。1年目は、まず地道に練習を重ねて基礎を固めようと思っていたので、収入源のほとんどは寿司屋のアルバイトでした。でも、卒業して1年が過ぎた頃に、これでいいのだろうかと思ったんです。練習とアルバイトだけですからね。
 それで、2年目からはいろんなコンクールを受けたりする一方で、営業の仕事や、中高生へのレッスンの仕事をするようになりました。
 昨年は、これまでで最も音楽の仕事が充実した1年で、東京フィルハーモニー交響楽団のエキストラとして公演を回らせてもらったりもしました。ただ、今も大学の事務のアルバイトをしています。

――収入が安定していないと思うのですが、不安を感じたりはしませんか?

 とても不安ですね。オーケストラに所属していない僕のような音楽家の仕事というのは、基本的に単発の仕事なんですよ。
 だから、今月は生活できたとしても、来月はどうなるかわかりません。しかも、ほとんどが人間関係の延長で仕事をもらえるような感じなので、いつ仕事がなくなってもおかしくないんです。そういう不安はいつも付きまとっています。
 実際、オーケストラを目指している若い音楽家でも、生活が立ち行かなくなると、自衛隊とか警察の音楽隊に入って公務員という身分を得たり、一般企業に就職したりすることが少なくありません。
 僕も良い演奏ができなくて気持ちが沈んでいる時なんかは、もうオーケストラを目指すことを諦めようと本気で思うことがあります。これまでに幾度もそう思いながら、でも何とか続けています。
 時々、母親が「元気でやってますか?」なんて、こっそり仕送りをしてくれるんですが、本当にありがたいです(笑)。

――オーケストラのオーディションというのは、毎年あるんですか?

 それが不定期なんですよ。欠員が出た時点でオーディションをするような感じなので、巡り合わせが悪ければ数年間オーディションを受けられないこともあります。
 とにかく今の僕がするべきことは、オーディションの情報を常にチェックしながら、昨日より少しでも上手くなることですね。
 あくまでも、僕はオーケストラへの入団が目標なので、それが実現するまでは営業などで日銭を稼ぐ生活が続きそうです。とはいえ、20代後半に入った今、これからの2年間が勝負だと思っています。
(聞き手:フリーライター 大森貴久)

三木博士●1988年、大阪生まれ。国立音楽大学音楽学部卒業。大学卒業後は、アルバイトをしながら、フリーランスのチューバ奏者として活動中。オーケストラの入団を目指し、日々レッスンに励んでいる。「International Tuba Euphonium Conference(ITEC)2012」では1次審査通過。