迷子になった経験のない人はいるのだろうか? 僕は臆病者なので、子供のころの迷子体験が、いまも忘れられない。小学生になるかならないかのとき、近所の年上のたっちゃんと遊んでいて、夢中で走り回っているうちに、不意に見たこともない風景のなかにいた。
帰り道がわからない。僕は不安で泣きそうになった。いや、実際に泣いた。すると、たっちゃんは、泣くな、まあちゃん(子供のころ僕はそう呼ばれていた)、俺が助けたる、とスーパーヒーローのようなポーズをして、あたりを素早く見回し、あちこちの道に踏み込んだ。
しばらくして、こっちや! と声が聞こえて、彼が姿を見せて手招きしている。そっちへ走っていくと、馴染んだ町の風景が見えた。このときほど、たっちゃんがかっこよくおもえたことはなかった。僕は、ほっとして家に帰った。
このあいだ、行きつけの本屋をパトロールしていたら、『迷子手帳』という本を見つけた。作者は、歌人の穂村弘。あとがきに、こうある。
……いつまでも迷子であり続ける人のための手帳です。
自分の道がしっかりわかっている人も心配しなくて大丈夫。
これ一冊あれば、貴方もきっと迷子になれる。