【書評】不思議な動物・猫を通して織り成す生命の物語 解説:佐藤優(作家/元外務省主任分析官)

nekonoouchi
『ねこのおうち』
柳美里著
河出書房新社
本体1,500円+税 Amazonで購入
 
 
 
 

 猫は、プラスの方向であれ、マイナスの方向であれ、人間の感情を刺激する不思議な動物だ。柳氏は、細い糸でつながる四つの物語をみごとにまとめて感動的な一つの作品に仕上げている。熟練した腕の小説家にしかできない構成だ。ニーコは、大きなメス猫で、短毛のキジ虎だ。母猫は血統証付きのチンチラだが、脱走したときに野良猫との間にできた仔だ。捨てられてしまうが、やさしいおばあさんに飼われて、幸せに生活している。しかし、おばあさんは、認知症になってしまい、おばあさんは引き取られていく。放置されたニーコは、野良として生きていくしかない。ニーコは子どもを六匹産み、必死になって育てる。しかし、餌が十分に手に入らない。

 ニーコは、セミやバッタを食べて、なんとか子猫たちに吸わせるおっぱいを出していましたが、あまりにもおなかが空いて、草むらに仕掛けてあった殺虫剤入りの肉団子を食べてしまいました。(四四頁)。

 世の中には、猫の存在自体を憎んでいる人がいる。そういう人が毒入りの餌をわざと撒いて猫を殺す。法律で禁じられた動物虐待なのであるが、残念ながらこういうことはある。ニーコは苦しんで血を吐きながら死んでしまう。
 残されたニーコの子どもたちはどうなってしまうのだろうか。小説を読む楽しみを奪ってはいけないので、詳しいことにはあえて言及しない。カモメ動物病院の港先生、フリーライターのひかる、かすみと留香の姉妹、今井さん夫妻などの猫好きの人々が織りなすさまざまな物語を経て、最後にニーコの子どもの運命が明らかになる。
 人間も猫も生まれたときの境遇はさまざまだ。しかし、不幸な状況にあっても、どこかで、だれかが、思わぬところで手を差し伸べてくれることがある。目には見えないが確実に存在する生命の力によって人間も猫も守られているということが、この作品の行間から伝わってくる。
(作家/元外務省主任分析官・佐藤優)

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