『摩訶止観』入門

創価大学大学院教授・公益財団法人東洋哲学研究所副所長
菅野博史

第70回 正修止観章㉚

[3]「2. 広く解す」㉘

(9)十乗観法を明かす⑰

 今回は、十乗観法の第三「善巧安心」(巧安止観)について紹介する。詳しく表現すると「善巧安心止観」となる。ただし、「善巧安心」は『摩訶止観』に六回出、「巧安止観」は一回出るが、「善巧安心止観」は『摩訶止観』には出ず、宋代以降の天台文献に出る(※1)
 『摩訶止観』には、「善巧安心」の段の冒頭に、その定義について、

 三に善巧安心とは、善く止観を以て法性に安んずるなり。上に深く不思議境の淵奥(えんおう)、微密(みみつ)なるに達し、博(ひろ)く慈悲を運びて、亘蓋(こうがい)すること此の若し。須らく行じて願を塡(み)つべし。行は即ち止観なり。(第三文明選書『摩訶止観』(Ⅱ)、606頁)

と述べている。つまり、補って表現すると、「巧みに止観によって[心を]法性に安んじる」ことである。不思議境が奥深く秘密であることを深く理解し(十乗観法の第一の観不思議境に相当)、広く慈悲を動かしてくまなく衆生を覆いかばうのである(十乗観法の第二の起慈悲心に相当)。この衆生を守るという誓願を止観という修行によって実現する必要があるのである。
 湛然(たんねん)によれば、善巧安心の段について、総じて安心を明かす段と別して安心を明かす段の二段に分けている。 続きを読む

「年収の壁」問題は協議継続へ――与野党の合意形成に期待する

ライター
松田 明

合意形成に動いた公明党

 第216臨時国会が12月24日に会期末を迎えた。10月の衆議院選挙で自公は過半数を割る少数与党となり国会運営を危ぶむ声もあった。
 だが振り返ってみれば、野党とも合意形成を図ったうえで、「政治改革関連法案」や補正予算の成立などを果たすことができた。与野党間の合意形成において、公明党が持ち味を発揮できたと思う。

 まず、「政治改革関連法案」では、

①政治資金規正法改正案(「政策活動費」の全面廃止)
②第三者機関設置法案(政治資金監視委員会の国会設置/未記載や虚偽記入などへの調査・是正・公表)
③政治資金規正法改正案の修正案(収支報告書のオンライン提出義務化)
④歳費法改正案(旧文通費の使途公開/未使用分の返還義務化)

といった内容で、自民、公明、立憲民主などの賛成多数で17日に衆議院を通過。24日に参議院で成立する。

 第三者機関の設置は、自民党内での収支報告書未記載が問題化した直後の2024年1月、他党に先駆けて公明党が「政治改革ビジョン」として提案していたものだ。
 政党や議員の政治活動には一定のコストがかかることは当然で、「政治とカネ」をめぐって国民の疑念を払しょくし不正を防止するには、専門性を持った第三者機関がチェックする仕組みと、収支報告書のデジタル公開が不可欠だと公明党は考えてきた。 続きを読む

本の楽園 第200回 詩の親密圏(最終回)

作家
村上政彦

 十代のころにつたない抒情詩を書いていた。淡い恋心を抱いた女性への思いなどを綴る。いまでもその一節は思い出せるけれど、恥ずかしいから文字にはしない。顔から火が出る、という。僕の場合、苦笑いだ。よくあんなものを書いていたな、とおもう。
 中学生のとき、クラスメートの男子で、やはり詩を書く人物を見つけた。たがいに誰にも見せずに書いていたのだが、何をきっかけにしてだったか、ガラクタのような言葉の詰まったノートを見せ合った。
 僕は、彼の詩をいい、とおもった。彼は、僕のノートを見て、「君は天才だ!」といった。そんなはずがない。本当にそんな才能があれば、いまごろ詩人として大成している。僕も彼も幼稚だったのだ。
 その後も何度かノートを交換して、新作を見せ合った。幼稚は幼稚なりに、小さな詩のコミュニティをつくって、刺戟しあいながら、励ましあいながら、詩を書き続けていたのだ。
 その彼が転校して、僕はなんとなく詩を書かなくなった。もともとひとりで書いていたのだから、ひっそり書き続けてもいいはずだけれど、読者を失ったから張り合いがなくなったのだとおもう。

『シュテファン・バチウ ある亡命詩人の生涯と海を越えた歌』を読んで、詩人にとってコミュニティが大切であることをあらためて知った。 続きを読む

書評『中断される死』――医療現場から生死を問い直す

ライター
小林芳雄

死のジレンマとは

 著者はなかなかユニークな経歴の持ち主だ。救急車で人命救助の現場に向かう救命救急士だったが、職場の上司の勧めに従って医学大学へ通いER(救急室、救急外来)の医師となった。現在は、ICU(集中治療室)の医師であり、またジャーナリストでもある。
 本書は、これまで著者が悩んできた問題を解決するまでの過程を、医学の専門知識のない読者が理解できる文章で綴ったものである。多くの専門家へのインタヴューで構成されている。

 死のジレンマとは私たち医者が、いずれは必ず訪れる死を短期的に阻もうとしてテクノロジーを見境なく使った結果であると同時に、医療行為や死のプロセスから人間性を奪ってきたテクノロジーへの依存に対処し損ねたことにも起因している面がある。(本書80ページ)

 著者の心を悩ませてきた問題とは、本書で「死のジレンマ」「グレーゾーン」と言われているものだ。 続きを読む

すべての人に「婚姻の自由」を――公明党の合意形成を期待する

ライター
松田 明

【この記事のポイント】
①公明党・斉藤代表が「婚姻の完全平等を求める」と初の公式見解
②同性婚をめぐる訴訟で、現行規定を「違憲」とする高裁判決が連続している
③先進諸国を筆頭に世界では38カ国・地域で同性婚が法制化されている
④法制化に反対する主な意見には、合理的な理由が見当たらない
⑤日本でも国民の過半数が(29歳以下では9割が)法制化に賛成している
⑥高裁判決は「国会の不作為」を浮き彫りにしている
⑦与党・公明党には国会での合意形成の期待が寄せられている

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