波乱の運命に生きた女王
原題は『Mary, Queen of Scots』。16世紀スコットランドの女王、メアリー・スチュアートのことを人々は愛情を込めてこう呼ぶ。
英国はもちろん、欧米では人気の高い歴史人物であり、過去にメアリー・スチュアートを題材にした映画は何本も作られている。なんと、あのトーマス・エジソンの会社も1895年に、メアリー・スチュアートの処刑場面を描いた約20秒のショート・サイレント・ムービーを制作していて、これは世界最初の特撮映画だともいわれている。
最近では2013年から16年まで、米国で彼女を主人公にしたテレビドラマが大ヒットした。
メアリー・スチュアートは1542年に、スコットランド国王ジェームズ5世とフランスの大貴族の娘メアリー・オブ・ギースのあいだに生まれた。直後にジェームズ5世が戦死したことで、彼女はなんと生後6日でスコットランド女王となる。
この頃、スコットランドはしばしばイングランドから攻撃を受けていた。メアリー・スチュアートは5歳でフランス王太子フランソワと婚約。4人の侍女とともにフランスに渡る。これはメアリーの王位と命を守るための、母妃の深謀だった。
15歳でフランソワ王太子と結婚。翌年、フランス王アンリ2世が事故死したことでフランソワが16歳で国王フランソワ2世となる。メアリー・スチュアートはスコットランド女王にしてフランス王妃となったのだった。
だが運命は容赦なく、戴冠した翌年にフランソワ2世が脳炎で死去。18歳で未亡人となったメアリー・スチュアートは、祖国スコットランドに戻る。
エリザベスの意識に住み着く
本作『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』は、このメアリーがスコットランドに戻るところから始まる。
この邦題は、じつによくできていると思った。同じグレートブリテン島を二分し、緊張関係にあるスコットランドとイングランド。エリザベスとは、時のイングランド女王エリザベス1世のことだ。
メアリー・スチュアートとエリザベス1世は、じつはともにイングランド王ヘンリー7世の血を引いている。
しかしエリザベス1世が庶子(侍女とのあいだに生まれた子供だった)であることから、メアリーは自分こそがイングランド王位継承権第1位であることを主張していた。
そのメアリーがフランスから帰国。イングランド宮廷内は騒然とし、エリザベスも脅威を覚えていた。
ロンドンの主要劇場で女性初の芸術監督を歴任し、本作が初の長編映画監督デビューとなったジョージ―・ルークは、こう語っている。
これはある種、お互いの心理的な執着についての映画です。この映画は彼女たちの架空の対面シーンに向かって進行していきますが、メアリーは映画全体にわたってエリザベスの中にいます。エリザベスの意識に住み着き、エリザベスの人生すべての選択に影響を与えています。メアリーとエリザベス、ふたりだけが、実は完全に理解し合える関係にあるのです。(ジョージ―・ルークのインタビューから)
地理的にも国王の血統的にも近親関係にあるスコットランドとイングランドの緊張関係を軸に、それぞれの宮廷内の権謀術数、さらにカトリックとプロテスタントの対立の構図が、物語を立体的にしていく。
メアリー・スチュアートは敬虔なカトリックだったが、当時のスコットランドでは長老派の指導者ジョン・ノックスのもとプロテスタントが勢力を拡大していたのだ。
23歳で長男ジェームズを生んだメアリーはエリザベス1世に「息子の代母になってほしい」という手紙を送る。このときエリザベス1世は代母を承知したばかりか、「エリザベスが子を産まなければジェームズをイングランド国王の後継者に」という要求にも応じた。
実際、ジェームズはスコットランド王になったのち1603年にはイングランド王にも就任し、両国は2つの政府・議会でありながら1人の国王という時代を迎えるのだ。
余談だが、現在の英国国旗であるユニオン・ジャックは、このジェームズがイングランドの国旗とスコットランドの国旗を合体させて制定したものである。
人間的なドラマの魅力
さて、この『ふたりの女王』は、日本でいえば織田信長や豊臣秀吉の時代の史実を踏まえた、英米ではおなじみの時代劇でありながらも、いくつかの点で野心的な挑戦をしている。
まず、メアリー・スチュアートとエリザベス1世という「女性」を主題にした物語にすると決めたこと。
これを決定したプロデューサー陣は、監督にも女性の舞台芸術監督であるジョージ―・ルークを選んだ。
スクリーンの中で、居並ぶ男たちのなかで凛と振る舞う2人の女王の姿は鮮烈であり印象的である。
子供をもうけることができなかったエリザベス1世と、子供を産んだメアリー・スチュアート。美貌を誇ったメアリー・スチュアートに対して、エリザベス1世は天然痘に罹患したことが原因で、髪が抜け落ち肌が醜く荒れてしまう。
王位を追われたメアリーはイングランドに亡命し、19年間幽閉されたのち、断頭台に消える。一方のエリザベスは顔におしろいを厚く塗り、かつらをかぶり、真珠をちりばめた大きな襟(いわゆるエリザベスカラーという襟の形はここに由来する)の衣装を着て、70歳で死去するまで女王の座に君臨した。
王位を狙う男どもの真っただ中で、メアリーにとっては5歳のフランス行きからずっと一緒だった4人の侍女たち(いざという際に身代わりになるため4人ともメアリーという名前がつけられている)だけが信頼できる〝身内〟だった。
メアリーを演じたシアーシャ・ローナンは、この侍女と会話する場面では流暢なフランス語を話し、それ以外の場面ではスコットランドなまりの英語に挑戦した。
そして、女王の気高さを引き立てる華麗な衣装。メアリーのドレスはずっとブルー系だが、歳月とともに深い色に変化していくあたりにも注目してほしい。
とても現代的な物語
ジェンダーの問題でいえば、側近としてメアリーの寵愛を受けた実在の人物デビッド・リッチオと、メアリーの2番目の夫(ジェームズの父)となったダーンリー卿のセクシャリティがゲイ/バイセクシャルとして描かれている。
また、先述のジョージ―・ルーク監督の言葉にあったように、物語は2人の女王が直接対面する場面をクライマックスとして進行していくのだが、こちらは史実に記録がない。
絶対に必要なシーンだと思っていました。ふたりがお互いの目を合わせるのを見て初めて、私たちはメアリーとエリザベスが経験してきたこと、どう生き、耐えてきたのかを知ることができるのです。(ジョージ―・ルークのインタビューから)
さらに、スコットランドとイングランドの「時代劇」にもかかわらず、貴族や女官といった役柄に多様な人種の俳優が起用されているのも本作のユニークさだ。
16世紀の英国の宮廷内に有色人種の貴族がいるなど、史実としてはあり得ないキャスティングに戸惑いを覚えるかもしれない。この発想は舞台監督ならではのものだろう。
シェイクスピアの演劇でなら多様な人種の俳優が活躍しているのに、映画となった瞬間にいっさい起用されないというのはおかしいとジョージ―・ルークは考えたのだ。
事実、現代のイギリスには多様な人種的バックグラウンドを持った「英国民」が暮らしている。16世紀の宮廷の物語は、こうした彼ら・彼女らにとっても、まぎれもない「自分の国」の物語なのだ。
隣国同士の戦争の危機。平和を構築するための駆け引き。宗教間の対立を煽る者と寛容を示す者。そして「男」だけが主人公の時代に対する異議申し立て。制作陣は16世紀の慣れ親しまれた物語を借りて、さまざまな現代の問題を描いたともいえる。
なお、プロデューサーのティム・ビーヴァンとエリック・フェルナー、デボラ・ヘイワードは、ケイト・ブランシェットを主演に99年に『エリザベス』、08年に『エリザベス・ゴールデン・エイジ』を制作している。
3月15日から、いよいよ全国ロードショーが始まる。美しく、悲しく、しかし気高い2人の女王の姿に圧倒されてほしい。
映画『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』(原題:Mary Queen of Scots)
3月15日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamura ル・シネマほか全国ロードショー!
監督:ジョージー・ルーク
脚本:ボー・ウィリモン
音楽:マックス・リヒター
美術:ジェームズ・メリフィールド
衣裳:アレクサンドラ・バーン ヘア&メイク:ジェニー・シャーコア出演:シアーシャ・ローナン マーゴット・ロビー ジャック・ロウデン ジョー・アルウィン ジェンマ・チャン マーティン・コムストン イスマエル・クルス・コルドバ ブレンダン・コイル イアン・ハート エイドリアン・レスター ジェームズ・マッカードル デヴィッド・テナント ガイ・ピアース
2018年|イギリス|124分|ユニバーサル作品
配給:ビターズ・エンド、パルコ©2018 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED