50年で変化した空手の境地
前回取り上げた書籍『公開! 沖縄空手の真実』(2009年)の中でユニークな技法を紹介した空手家に、沖縄空手道松林流喜舎場塾の新里勝彦(しんざと・かつひこ)塾長(1939-)がいる。横に移動しながら行う首里手の代表的な鍛錬型である「ナイハンチ」を独特な腰使いで演武し、独自の解説を加えていた。
新里塾長は英文科の学生時代、19歳のとき大学の空手クラブで空手を始めた。将来アメリカに留学したときに沖縄的なものを身につけていれば何かの役に立つかもしれないくらいの考えだったという。大学卒業後、地元の中学校で3年間英語を教え、20代半ばから2年間の米国留学中は空手をやっていたことが「とても役に立った」と振り返る。帰国後、那覇市の松林流開祖・長嶺将真道場に正式入門した。
160センチをやや超える小柄な体に、敏捷性の高い松林流は体質的に合っていたと語る。
長嶺師が75年に『史実と伝統を守る沖縄の空手道』を出版した際は、英訳本を編集するなど尽力している。その後、兄弟子の喜舎場朝啓・初代塾長に師事し、現在は2代目塾長を務めている。
空手歴(沖縄では「武歴」という)は優に60年近く。冒頭の『真実』の特典映像で本人が解説しているような、空手に対する境地が大きく変わったのは空手歴が50年に差しかかった10年ほど前という。
それまでは力で行ってきたものが、いかに力を抜くかという脱力技法に変化したと説明する。むしろ合気道のようなやり方に変わってきたというが、これらを文字だけで説明するのはなかなか難しい。
新里塾長の口からは「剛体」「柔体」というワードがしばしば飛び出す。要約すると、「剛体」は力まかせの技であり、一方の「柔体」はナイハンチ腰(足幅をやや広めにとり心なしか腰を落とした立ち方)で力を抜いた状態から繰り出すしなやかな技である。前者は力の強いほうが勝つ結果にしかならないが、後者は力がない者でも勝てる技法だ。
「剛体」は筋力や瞬発力のある若いうちしか通用しない手法であり、一定の年齢を重ねると必然的に若い人相手には勝てなくなる。一方、「柔体」は年齢に関係なく使える生涯武術の空手らしい技法にほかならない。
突き詰めれば「骨格操作」の技法に尽きるのだが、こうした新たな視点を取り入れた稽古や研究に、全国から問い合わせや交流を求める武道家が後をたたない。
極真の方たちが交流を持とうとするのが最初はすごく不思議でした。ハードコンタクトで鍛えた人たちが50代になると若い人たちを抑えることができなくなると自覚する。考えてみれば当然の流れだと思います。
いまも定期的に交流を重ね、80歳を目前にする新里塾長も極真流のスパーリングに参加することがあるそうだ。
手応えがない状態はすごい技になっている。一方で手応えがあるときは技にはなっていないですね。
極真系から喜舎場塾に弟子入りした一人に、芦原会館の内弟子経験をもつ英心會館の石本誠館長(1964-)がいる。極真が生んだ伝説の空手家・芦原英幸(1945-95)のもとで組手稽古の相手を務め、実践空手の技法を学んだ。2009年に新里塾長と出会い、サバキ(芦原空手の護身術)に通じる大きなひらめきを得たという。『究極の護(まもり)サバキ』というDVDが2018年2月に出ているが、新里塾長もナイハンチの身体操作解説(25分)に出演している。
カラテ研究所の雰囲気
喜舎場塾は与那原町(よなばるちょう)の新里塾長の自宅2階が道場だ。高台にある道場は見晴らしがよい。時折、米軍機の爆音が耳をつんざく。看板も出ていないながら、定例稽古が行われる火曜と金曜の夜は、自宅の庭が稽古に来る生徒の車やバイクでいっぱいになる。
喜舎場塾の稽古風景は、本土の空手道場の感覚からするとかなり変わっている。塾長の口からは「剛」「ライト」「ソフト」の3語が頻出し、主に技の研究を行うといった内容だ。生徒は自由気ままに質問し、生徒同士で笑いながら技をかけ合い、実験するといった感じなのだ。
そこには教える者と教わる者といった緊張関係や権威ぶったものは感じられず、空手の好きな者たちが師のもとに集まり、大いなる好奇心のもと、人体操作の不思議さを体感するといった感じである。
私が見学した日は、型はピンアン2段とナイハンチを行っていたが、あとの時間はずっと技の研究に費やされていた。
新里塾長によると、空手の動きには
「ハードコンタクト」
「ライトコンタクト」
「ソフトコンタクト」
の3つの技法が存在し、それぞれ順に、
「腰(股関節)をしめて屈筋主導による剛体技法」
「ナイハンチ腰による伸筋主導の脱力技法」
「ナイハンチ腰による合気的接触技法」
と解説されている。
空手歴50年をすぎて得ることのできた境地は、沖縄空手ならではのものと感じられてならない。
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