お金にはならない価値
2017年11月に刊行されるや、ベストセラーとして注目を集めている一冊。
著者の佐藤航陽(さとう・かつあき)氏は1986年生まれ。早稲田大学在学中だった06年に株式会社メタップスを創業。15年には東証マザーズに上場し、年商100億円を上回るグローバル企業に成長させた。
17年には時間を売買する「タイムバンク」サービスや、宇宙産業への投資のための事業も開始。その手腕と新しい思考に世界が熱いまなざしを送っている。
さて「お金2.0」とは何か。
それは資本主義を革命的に〝書き換える〟ものであり、今まさに急速に始まっている世界の経済の大転換――「資本主義」から「価値主義」への移行――の姿だと著者は言う。
手段であったはずの「お金」が過剰に目的化されてしまった既存の
お金からお金を生み出しただ積み上げ続ける世の中(本書)
に対して、人々が違和感を覚えはじめている。
資産経済の際限なき肥大化と金余り現象を前に、
お金にはならないけど価値あるものって存在するよね?(同)
という方向に、世の中が動きはじめているのだ。
「自律分散化」する世界
たとえば米国や英国では、今や最優秀の学生たちが選ぶ就職先人気企業の上位に、NPOやNGOが並ぶのがあたりまえになった。
若者たちはそこで自分のリーダーシップを発揮し、今ある世界の諸問題を変えていくことに魅力と情熱を見出している。
それは日本でも同じだ。東日本大震災の被災地では、これまでの安定したキャリアを捨てて自身の能力を復興と再生のために投じる、新しいタイプのリーダーたちの姿が数多く見られる。
あるいは「中央集権型」社会から「自律分散型」社会への移行もはじまっている。
そのもっとも先端にあるのが中国社会だ。スマホ決済とシェアリングが一気に浸透し、既に日本にも進出したシェア自転車のMobikeは、設立から1年余で1000億円以上の資金調達に成功している。
スマホ決済は自律分散化と同時に、個人の信用や信頼をより重視する「評価型経済」を生み出した。
トークンエコノミー※の象徴的存在であるビットコインは、ほぼ完全に分散化が進んだ新たな経済システムとして機能しはじめていると著者は指摘する。
※仮想通貨などの代替貨幣を用いて形成される経済圏
「価値の最大化」が至上命題
それらを可能にしているのが、テクノロジーの劇的な進化である。04年に1人のオタク学生がはじめた「フェイスブック」というサービスが、今日では20億人以上のユーザー数を誇り、トヨタとコカ・コーラを足した以上の企業価値をもつ。
ユーザーたちは既存の社会にはなかった〝人とのつながり〟を獲得し、人が人を呼んでいる。
企業としてのフェイスブックの最大の価値は、ユーザーの行動データだ。時価総額70兆円のグーグルも然り。
テクノロジーの発達によってデータが「価値」として認識できるようになり、お金では計上できない「価値」を中心に回っている会社が成長しているのは、今の金融の枠組みが限界にきていることを物語っています。(同)
これまでの資本主義の世の中では、資本の最大化=お金を増やすことが至上命題だった。新しい価値主義では、価値の最大化がもっとも重要になってくる。
著者は、「価値」には3分類があると語る。
儲かるか? 利用できるか? といった、①有用性の価値。
共感や信頼など個人の内面に効果を及ぼす、②内面的な価値。
個人ではなく社会全体の持続性を高めるような、③社会的な価値。
資本主義の問題点はまさに①の有用性のみを価値として認識して、そのほかの2つの価値を無視してきた点にあります。ただ、実際に①のみを追求して②と③を無視すると崩壊します。(同)
「宗教的なもの」の時代
戦後を生きてきた世代が「所有」することをモチベーションとしてきたのに対し、80年代以降のミレニアル世代では「人生の意義を持つこと」に価値をおくようになった。
そして、世界はさらに変わりつつある。著者はフェイスブックCEOザッカーバーグがハーバード大学でおこなった次のスピーチに触れている。
今日、私が話したいのは「人生の目標(意義)を見つけるだけでは不十分だ」ということです。僕らの世代にとっての課題は、「〝誰もが〟人生の中で目的(意義)を持てる世界を創り出すこと」なのです。(マーク・ザッカーバーグ/本書)
内面的な価値が経済を動かすようになると、成功へのルールも変わってくる。共感・熱狂・信頼・好意・感謝といった内面的な価値は、今やSNSを介して世界でシェアできる環境にある。
そうなると、その人でなければいけない、その人だからこその、他人に伝えられるほどの熱量ももって取り組めることが、世界での活躍の扉を開いていく。
著者はこれからの近い未来の予測の中で、「宗教と価値主義」についても端的に言及している。
つまり、共感・信用・好意などの内面的な価値を扱い、人生の意義を提供するのは、これまで宗教の役割だった。
かつてそれは個人の心の内面にとどまっていた。だが、人々がこれらをモチベーションとし、しかも政治や経済というもののなかに実現していこうとする時代が始まりつつあるのだ。
その意味では、「お金2.0」時代というのは、きわめて宗教的な時代になるのかもしれないというのが読後感だ。それは〝宗教的なもの〟が人々と社会のリアルな現実に価値を創造する時代の開幕である。
書籍のタイトルにあるキャッチーな「お金」という単語に、余計な先入観を持つことなかれ。
本書は、まさに資本主義の先に始まった価値主義について、そして私たち人類の〝次の生き方〟について、熱く語られた書物なのである。