「多様性」をキーワードにした政治・社会を育てるべき

同志社大学学長
村田晃嗣

 2期目を迎えたアメリカのオバマ政権、中国・韓国の新リーダーの登場など、日本の外交は新たな局面を迎えている。今後の状況を捉えるために大切な視点、世界で通用する人材育成などについて聞いた。

アルジェリア事件からの教訓

――今年(2013年)1月に起きたアルジェリア人質拘束事件では、日本人をはじめ多くの犠牲者が出ました。この事件からどのようなことを学んでいけばよいでしょうか。

村田晃嗣 アルジェリアの事件では、現地の情報が不足していたことが反省材料の1つとしてあげられるでしょう。しかし、かといって日本が世界中のありとあらゆる地域について、すぐにあらゆる情報を収集できるかといえば、それは現実的に困難なことです。
 今回のような事態が起こったときに、まずその国の専門家の知識が必要になるでしょうが、国内にアルジェリアの専門家がそれほど多くいるわけではありません。困ったときだけ情報を欲しても、常日頃からの備えがなければ対応は難しいのです。政府の情報収集や分析のプライオリティー(優先順位)を明確にしておくことであるとか、いろいろな地域について、時間をかけて地域研究の専門家を育てていくといった地道な努力が必要です。
 たとえば、受験生に人気がない学部や論文の出版につながらない分野を、大学の財政情勢が厳しいからといってすぐにカットしてしまうことは簡単です。しかし、そのことでいざというときに必要な人材が不足してしまうのでは、大学がその社会的役割を果たしているとはいえなくなってくる。
 知的分野における研究の継続や人材の育成は、ダムや道路を造ることに比べれば、それほど多額の予算がかかるものではありません。一時的には無駄なように見えたとしても、継続的に投資していくことが必要な分野なのです。
 民主党は2009年に政権交代を果たした際に、これまでの自民党中心の政治と違ったカラーを示そうと焦ったばかりに、全体としてパフォーマンスに流れすぎてしまった印象があります。無駄を省くことはよいことですが、長期的に見て何が必要なのかを見極める視点がより重要でしょう。

アメリカが見つめる安倍内閣

――今後の日米関係、またアジア関係について、どのようにご覧になっていますか。

村田 昨年は、中国においては新たに習近平氏が総書記になり、韓国でも初の女性大統領となる朴槿恵氏が選出されました。また、太平洋を挟んだ隣国・アメリカでもバラク・オバマ氏が大統領選挙を制し、2期目がスタートしています。
 オバマ政権については、引き続き厳しい財政状況での政権運営を強いられ、上院と下院での〝ねじれ〟状態が続く状況に変わりはありません。この〝ねじれ〟が解消されるのは早くても2014年11月の中間選挙を待たなくてはなりません。また仮にここで解消したとしても、残り任期はわずかの期間になり、オバマ政権はレームダック化(※注)していくことが想定されます。いずれにしても、内政に多くのコストを割かなければいけないのが2期目のオバマ政権だといえるでしょう。
 アメリカはアジア外交においては日本の安倍晋三内閣を見つめています。
 それはここ数年、毎年1年ごとに首相が交代している日本に対して「今回の安倍政権は本物なのかどうか」を見極めているということです。
 もし今年(2013)7月の参議院選挙に負けた場合、自公政権は続いたとしても、自民党内で安倍降ろしの風が吹けば、また首相が交代することもあり得ます。7月に勝つことではじめて本格的な安倍政権の姿が見えてくる。アメリカからすれば、7月を待ってみないと今の日本の内閣への評価も定まらないというのが現状でしょう。
 その意味で、アメリカは日本の安倍内閣との付き合い方、そして韓国の新しいリーダーの朴槿恵大統領との付き合い方、そして日韓両国がそれぞれの新しいリーダーのもとでどこまで関係修復することができるのかを、今じっと見つめている段階にあるといえます。
 そして日米韓の陣営が持つカードの安定度を見たうえで、中国とどう向き合っていくのかを決めていくでしょう。

(※注)足の不自由なアヒルの意。再選がなく、任期が残っている国会議員や大統領など、政治的な影響力を失った政治家をさす。

――日本とアジアとの関係については、難しい状況が続いています。そうしたなか、先日、公明党の山口那津男代表が訪中をし、習近平総書記と会談しましたが、どう評価されますか。

村田 自民党内にもかつては中国や韓国と強いパイプを持つ政治家がいましたが、そうした層が今は薄くなってきていると感じています。これまで日中、日韓の関係が悪化しても、そうした独自のパイプによって関係修復の糸口をつかむことがありましたが、その力が弱くなっているのではないでしょうか。その意味で、先日行われた公明党の山口代表の訪中は重要なものであったと思います。
 公明党は日中が国交正常化される以前から、独自のパイプで情報収集や交渉を行ってきました。重層的な外交上の危機管理の観点からも、このことは大切なことだと思います。

多様性ある人材を輩出する

――外交の分野で活躍できる、グローバルな人材を育てるために重要なことはなんでしょうか。

村田 1つは長期的な視点で人材を育てていくことです。このことは外交だけでなく、社会、経済においても共通のことがいえます。そしてその人材のキーワードは「多様性」です。
 たとえば、私ども同志社大学では、大学が持つ3つの特徴を柱にした人材育成を行っています。それは京都にあるということ、私学であること、そしてキリスト教を中心に据えているという3点です。そして、この3つの柱それぞれが人材の多様性を育む要素を持っています。
 今、日本の大学生の約4割は首都圏で学んでいます。だからこそ首都圏以外で学び、地方の視点からものを考えられる学生を育成していこうということが1つ。また、私学であることで学校独自のカラーを出しやすく、本学でも創立者・新島襄の建学の理念を発揮しやすい環境にあります。
 そして3つ目の柱が宗教です。宗教というと、最近の学生からは「そんなきれいごとは聞きたくない」といった反応があるかもしれません。しかし、今の国際情勢、アルジェリアの問題など世界で起こっている多くの現象は、キリスト教やイスラム教といった宗教への理解抜きに分析することはできません。社会にとって重要な宗教という営みについて理解を持ち、宗教の観点から政治や経済、社会的な出来事を見ることができることは、今後の日本を担う人材にとって大切な資質の1つです。そうした多様性を備えた学生を育てていくことが本学のミッションだと思っています。

――多様性は人材の要件であるとともに、今後の社会をどう築いていくかという視点からも大切なキーワードだと感じます。

村田 たとえば政治のレベルにおいても、多様性を維持できるのかどうかは非常に大切な視点です。多様性のない政治は活性化できません。
 今の日本の政治を見ていると「多党化」は起こっていますが、決して「多様化」しているとは思えません。
 政党政治において、2大政党制の是非が議論になりますが、2大政党制か多党制かということよりも、政治に多様性があるかどうかが大事なことなのです。
 これは国政だけでなく、地方においても同様のことがいえます。全国の都道府県の47知事のうち、3分の2が元官僚で、半分が東京大学卒業です。本当にこの国に地方自治があるのか、疑問を抱かざるを得ません。やはりそれぞれの地域がどのように政治家を選別して育成し、応援していくのかをもっと考えていかなければ、多様性は強化できないと思います。
 選挙制度や地方議会のあり方に見直しが必要な部分もあるでしょう。それとともに、政治家を選ぶ市民自身が多様化し、市民社会が多様な価値を認めていくことも、多様性ある政治を生み出すために大事なことだと思います。
 グローバル化が進む世界にあっては、政治外交の面でも経済の面でも多様性のない組織や集団は活力を失い対応できなくなっていきます。
 グローバル化するということは、次の瞬間にどのファクターが強くなってどのファクターが弱くなるのか、先がますます読みにくくなるということです。だからこそ多様なファクターをわれわれの中に取り込んでいくことが、グローバル化時代を生きていくうえでの大切な課題となっているのです。

<月刊誌『第三文明』2013年4月号より転載>


むらた・こうじ●1964年、神戸市生まれ。同志社大学法学部卒業。米国ジョージ・ワシントン大学留学後、神戸大学大学院法学研究科博士課程修了。同志社大学法学部教授、同大学法学部長を経て、2013年より現職。政治学博士。専攻はアメリ力外交・安全保障政策。新聞、雑誌、テレビでも積極的に発言している。2000年「『国際国家』の使命と苦悩――1980年代の日本外交」(『戦後日本外交史』所収)で吉田茂賞受賞。同志社大学教授村田晃嗣公式ウェブサイト―国際政治を考えるあなたへ