2014年秋、国連の「IPCC」(気候変動に関する政府間パネル)が第5次統合報告書を発表した。報告書によると2050年までに、世界の温室効果ガス排出量を、現在に比べて4割から7割近く削減できなければ、地球の生態系や食糧生産に深刻な影響がもたらされると警鐘を鳴らしている。課題克服の方途を松尾雄介氏に聞く。
世代と世代をつなぐ緑の贈与制度
「IPCC」の報告書は、現在のCO2(二酸化炭素)排出量を限りなくゼロに近づけ、世界の気温上昇を2度以内に抑えなければ、今世紀末には社会の安定が脅かされるような厳しい事態を迎えると警告を発しています。一方で、低炭素社会を実現するためには、再生可能エネルギー分野に対する年額数兆円規模の大規模な投資が必要です。
日本の厳しい財政状況の中で、環境分野への大きなお金の流れを市民参加で作っていくために、これまで私たちは「緑の贈与制度」を提案してきました。この仕組みは、太陽光パネルや省エネ給湯器などを購入し、子や孫に贈与した場合に、その設置費用を非課税とするものです。
贈与する側は、自らの資産を非課税で相続させることができ、贈与される側にとっては、日々の光熱費の削減になるだけでなく、年額約10万円から15万円の売電収入を得ることができます。収入から計算すると、設置費用はおおよそ15年以内に回収することが可能です。
たとえば、祖父から太陽光パネルを贈られた子どもが、毎年の売電収入を蓄えておき、孫の進学費用に充てることなども可能になります。つまり、太陽光パネルなどを通じて、祖父から孫へ教育資金の贈与を行ったことと同じ成果が得られるのです。
各種統計では、日本の国内金融資産1600兆円の約六割を高齢者が保有しており、彼らが贈与する資産は、キャッシュ(現預金)だけで年額4兆円にも達するといわれています。もし、このお金を再生可能エネルギーへの投資に振り向けることができれば、低炭素社会実現のための大きな力になるはずです。
緑の贈与制度の最大の特色は、自分の資産を子や孫によい形で残したいという個人的な欲求を、地球環境問題の克服や地域活性化などの社会貢献に結びつける点にあるのです。
地域・日本・世界を変える
今、日本社会はかつてないスピードで進む少子高齢化の問題に直面しています。その中で社会の活力を維持し続けるために、「地方創生」が政治の大きなテーマになりつつありますが、緑の贈与制度は地域活性化にも貢献できる仕組みです。
太陽光パネルや省エネ給湯器の設置には、住宅の改修が必要となります。日本の戸建ての約8割、またリフォームの7割を、地域の中小企業や零細規模の工務店が担っている中で、もし再生可能エネルギーへの投資を、彼らに振り向けることができれば、地域の中に新たな雇用を生み出し、人々の暮らしを守る力になります。
私たちの試算では、今後15年間に約16兆円の再エネ・省エネ投資と100万人の新規雇用を創出するポテンシャル(可能性)があると予測しています。
さらに緑の贈与制度は、日本や地域の経済成長にも貢献することが可能です。未曽有の原子力災害に見舞われた日本では、原発に替わるエネルギー源を火力発電などに求めています。資源の乏しい日本では、化石燃料の輸入に頼らざるを得ず、その額は直近で約27兆円に及び、巨額の貿易赤字を生み出す一因となっています。
また、地方経済のGDP(国内総生産)の1割近くが、電気やガス代として、都会や海外に流出しているという試算もあり、地方創生という意味でも重要な論点です。緑の贈与の仕組みによって新たなエネルギー源を地域で育てることができれば、国富の流出を防ぐとともに、持続可能な地域社会を実現する力にもなるのです。
加えて、この制度は世界の環境政策を力強くリードする可能性をも秘めています。以前、私が出会った国連「アジア太平洋経済社会委員会」(ESCAP)の環境ディレクターは、「地球規模で温暖化防止策を進めていくためには、裏付けとなる資金がどうしても必要だ。その意味で、緑の贈与制度の資金メカニズムは非常に興味深い。もしこの制度が日本で実現したら、私はアジア各国にセールス(宣伝)したい」と語っていました。
公明党の政策実現力に期待
2013年に初めて政府・与党の税制改正大綱に緑の贈与制度が「検討事項」として明記され、実現まであと一歩のところまできています。
これまで公明党議員の皆さんには、同制度実現に向けて、さまざまな形でご支援をいただきました。13年7月の公明党環境部会で緑の贈与制度が討議されて以来、自公両党協議会や政府税制調査会などで政策要望の筆頭格に、この制度を推してくださり、ここに至るまでの大きな力になりました。
いわゆる「新規玉」と呼ばれる新たな提案が、これほどのスピードで議論されること自体、珍しいことです。公明党の皆さんは、環境問題に熱心な方々が多く、地球温暖化防止のための明確なビジョンをもたれているため、とても心強く感じました。ぜひこれからも緑の贈与制度実現に向けた支援をお願いするとともに、今後はさらに2つの点について検討を重ねていただきたいと思います。
1つは非課税の対象を機器設置のみに限定せず、設置に伴う関連工事にも適用を広げてほしいという点です。たとえば太陽光パネルを設置する際には、屋根に断熱材を用いることで省エネ効率をさらに高めることができるとされています。また非課税の範囲を広げることで、省エネ機器メーカーのみならず、サービスを提供する地域の工務店の利益にもつながり、緑の贈与制度がさらに使いやすくなることが期待されます。
2つ目は、これは将来に向けた課題ではありますが、緑の贈与制度に証券スキーム(枠組み)を導入できればと考えています。個人で大規模な発電設備を導入するには多大な経済的負担が伴います。またアパートやマンションに暮らす人々にとっては、機器を設置するスペースを確保すること自体が困難だと思います。
そこで、自治体や地元企業が再生可能エネルギー設備を導入する際に発行する証券を、非課税で子や孫へ贈与することができれば、子や孫は配当金や償還金を受け取れます。太陽光パネルの贈与と同じメカニズムが成立するのです。この証券スキームで、すそ野はさらに広がり、多くの人々の参加意欲を高めることができるはずです。
ぜひ今後の検討課題として公明党の皆さんとも意見を交わしていきたいと考えています。
緑の贈与制度は世界平和に貢献
私たちは緑の贈与制度をきっかけに、環境問題と人類の生存が密接に結びついていることを多くの人々に知ってほしいと願っています。
2013年にアメリカで放送された『Years of Living Dangerously』という気候変動をテーマとしたドキュメンタリー番組が、エミー賞(年間最優秀のテレビ作品に贈られる賞)を受賞し、話題を呼びました。これは、気候変動の影響が人々の暮らしにいかに影響をもたらすかを描いた非常に優れた番組です。
この番組の中で、気候変動がアラブの春(中東の民主化運動)に与えた影響が描かれています。民主化デモにおいて、多数の民衆が「パンを!」と書かれたプラカードを掲げる場面が映しだされていました。それは気候変動の影響が穀物価格の高騰につながり、やがては社会の秩序と安定を脅かす民衆暴動につながっていく様子を伝えていたのです。
近年、日本においても、台風の大型化や頻発するゲリラ豪雨に対して、大きな関心が集まるようになりました。天候の悪化がただちに日本社会の安定を脅かすわけではないでしょうが、温暖化が海温を高め、台風の大型化に結びついていくことは科学的に確認されています。このような気候変動の影響を10年単位で考えた場合には、ボディー・ブローのように私たちの生活基盤を脅かしていくはずです。
各国政府の人々と意見交換を重ねていると、実は気候変動に関心の高い人々が国防および安全保障分野の専門家にも多数いることがわかります。アメリカのペンタゴン(国防総省)などは、気候変動に伴う環境破壊が、自国を脅かすテロや環境難民の発生につながる重要な政治問題だと受け止めているのです。
私たちはこれからも、緑の贈与制度の実現を目指して、地球温暖化防止の問題に全力で取り組んでいきます。
<月刊誌『第三文明』2015年1月号より転載>