国民・住民に対する説明責任
会計制度を考えるにあたり、まず、「公会計」と「企業会計」の違いについて知っていただくことが大事です。
企業では収益と費用があって、その差異としての利益(損失)があります。この利益を算出することが、企業会計においてはいちばんの目的となります。なぜなら、株主や企業にお金を貸す人は、その利益に着目し、財務書類全体を見るからです。
一方で、国や地方自治体が行う公会計には、利益という概念はなじみません。利益が出る事業については民間が行うので、原則、それ以外の公益的な事業を行政が行うからです。そこに税金が正しく使われているかをチェックするための会計が、公会計です。
これまでの公会計では、基本的に現金の収支だけを見ていました。しかし、少子高齢化が進み、右肩上がりの経済成長が望めなくなった今、働く世代に比べ、年金、医療、介護などの社会保障サービスを受ける方々が増え、国の借金がどんどん増えてきています。国のバランスシート(図参照)を見ると債務超過の状態であることがわかります。
経済成長の中で税収が自然に増えた昔とは違い、国民にさらなる負担をお願いしなければならない状況になったため、税金を何に使ったのか、無駄はないのか、これからどれくらい必要なのかということを、国民・住民に対してよく説明する責任が、国や自治体に出てきたという背景があります。
説明責任を果たすためには、現金の収支だけではなく、行政サービスにいくらコストがかかり、将来どれくらいの負担が見込まれるのかを示す「財政の見える化」が必要になってきたのです。
そして、この「見える化」を可能にするためには、企業会計で使われる「複式簿記・発生主義会計」が説明のツールとして適していることから、行政においてもその導入が進みつつあります。
複式簿記と発生主義
複式簿記とは、現金の出し入れだけを記録する単式簿記に対し、たとえば何かを買った場合に、現金の出入りだけではなく、それに加えて何を買ったのか、つまり資産が増えたことも合わせ、両者をセットにして記録するというものです。
また、発生主義とは、経済的事実が発生した場合に帳簿に記入する方法で、現金の出入りを伴わない取引や減価償却なども記録されます。
たとえば、60年間使う大きな建物を造ったとします。現金主義会計では、その建物を造るために出ていったお金だけが記録されます。仮に建設に10億円かかったとすると、その年に10億円が出ていったことだけを記録します。
しかし、本当は60年間かけて皆で使用していくわけですから、単純にいえば、10億円を60年で割ったものを費用として、毎年認識していく。これが発生主義会計です。
この建物を宿泊施設とすると、現金主義会計では、最初に建設費として10億円分の現金が出ていったと記録され、後は人件費や維持費だけを考えるので、1泊あたりのコストは一見、安く見えます。しかし、民間の場合は、60年分にわけてコストを把握するので、1泊あたりのコストは高く見えるのです。
この状況で、ある年のコストだけを比較すれば、公共で建てたほうが経済的に見えてしまうかもしれません。このように、コストを比較する時には、発生主義ベースで考えなければ正しい意思決定はできないのです。
また現在、資産の老朽化が問題になっていますが、全部を建て替えるとなると、とてもお金が足りません。
今、公明党が進める、命を守る「防災・減災ニューディール」構想により、社会インフラの耐震化、および老朽化対策と長寿命化への理解が広まっていますが、社会インフラの1つ1つにどれくらいの費用が必要なのか、どこを直して、どこを統合するのかを正しく把握していかなければ、行き当たりばったりの判断しかできません。
その意味でも、複式簿記・発生主義会計の基本となる、固定資産台帳を作り、資産を管理することが必要なのです。
「見える化」は判断材料になる
行政サービスや社会インフラは無料のものが多くあります。そのため、「無料だからいいね」と賛成する人が多くいますが、実際には公益的なサービスなので、サービスを使う以外の人もコストを負担していることになります。しかも無料のサービスの裏側では、税金のほかに足りないぶんは子や孫たちが将来負担する借金で賄われているのです。
これが単式簿記では、健全な税収も、借金をして入ってきたお金も「収入」として記録されてしまいます。もちろん、借金は借金として管理されますが、そのサービスが借金で行われている事業だということは、国民にはよくわかりません。
そこを「見える化」することで、無料に見えるものにも、実は「これだけお金がかかっているんですよ」と国民や住民にお知らせすることができ、そこではじめて、「借金をしてまでそんなサービスは必要ない」あるいは、「必要なサービスだから皆で負担するのも仕方ない」という判断ができるようになります。
これまではその判断材料が、議会にも国民・住民にも十分に与えられていませんでした。
特に若い世代の場合、人ごとではありません。道路や建物のように、60年かけて皆で使うから60年かけて払おうというものならまだいいですが、年金、医療、介護などの社会保障費のために借金するということは、今年の費用を60年かけて返済することを意味します。つまり極端な言い方をすると、60年後の人は、今年の行政サービスを受けていないのに、借金だけを背負い、莫大な利息を負担することになります。
こうしたことを若い世代の人たちが監視し、よりよい方向へ変えていく判断をするためにも、「財政の見える化」は非常に重要なことだといえます。
大衆福祉の実現に向けて
このようにメリットの多い「見える化」ですが、なぜ今までできなかったのかといえば、やはり明治以来のやり方を変えるには、大変な検討と調整と労力、そしてコストがかかるために、変えることは難しかったのだと思います。官僚や議員の認識不足も大きな要因でしょう。
それでもそこを地道に一貫して訴え続けてきたのが公明党です。
公明党の取り組みにより、2003年度から国の財務書類の作成が始まり、公会計改革を一歩前進させることができました。
そして、昨年には全国の地方自治体で複式簿記・発生主義会計を導入していく方針が総務省より発表され、今年(2015)の4月から3年かけて適用されていきます。
そのモデルケースが公明党の主張で、全国に先駆けて複式簿記・発生主義を導入した東京都です。東京都では、06年度に複式簿記・発生主義会計を導入して、約1兆円もの隠れ借金を見える化し、それまでの仕事のやり方を変えることにより、借金を解消することができました。
また、東京都町田市では、この東京都方式をいち早く導入し、約370にわたる事業ごとに財務書類を作成しています。これにより、たとえば、学童保育が1人あたり年間36万円かかっていること、保育所が1人あたり年間156万円かかっていることなど、身近な行政サービスにどれだけのコストがかかっているかを住民に示しています。
こうしたデータの裏付けがなかった過去の国の事業仕分けでは、削減という結論ありきで議論を深めずに判断し、のちに問題になるケースがありました。ですが、それも「見える化」することによって、税金がどこにどう使われているかがわかりやすくなり、何が無駄なのかを正しく議論する出発点に立つことができます。
今後、この「見える化」を活用して、事業やサービスの必要性を地方自治体が判断していくことになりますから、行政や首長に対する地方議員の役割がより一層重要になってきます。
その点で、3000人の議員ネットワークで情報交換をしながら取り組んでいけることは、公明党ならではの強みです。また、公明党は公認会計士出身の国会議員が3人います。これは各政党の中でもトップクラスです。
こうした強みを生かしながら、今後も国・地方の公会計改革を着実に進め、行政への信頼を醸成しながら大衆福祉の実現に向けて邁進していきます。
<月刊誌『第三文明』2015年4月号より転載>
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